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愛の吉川晃司

 2005-05-16(月)
夏は吉川晃司の『モニカ』である。

アルバムをあせぐっていたら吉川晃司のベストアルバムが出てきた。
『BEAT GOES ON』ってやつ。
もちろん一曲目は『モニカ』である。
次に『サヨナラは八月のララバイ』『ラ・ヴィアンローズ』と続く。

おおぅ!なつかしぃ~

音楽はタイム・マシーンである。

聞き慣れた曲を聴くと、心は時空を超え、あの時、あの場所へと瞬時に移動する。
若くて愚かだった頃。
甘い、苦い、辛い、しょっぱい、色々な味覚が色彩となって、静かに心に染みこんでくる独特の感覚を覚える。

楽しいことだけじゃない、きつかったことも一瞬で、本当に一瞬で蘇る。
タイム・マシーンなのだ。

記憶は曖昧だけれども、脳裏に焼き付いた鮮烈で強烈な断面はキラキラしていて、時を経て蘇るその記憶は、なにか温かい風を送り込んでくれる。
静かなる心に。
砂漠のような、荒れた心に。

荒んでいるのではない。
時を経て、色々なことを経験して、あのころと同じ経験をしても、もう同じ感覚は味わえなくなってしまっているのだ。
私もあなたもそうなのだ。
年をとる、時を経るとは、そういうことなのだ。

あの強烈な真夏の日差しを手のひらで遮りながら、薄目で見つめた風景はもう二度と見られないのだ。
真夏の日差しは、ただ単に、暑い!だけになってしまったのだ。
流れる汗を拭おうともせず走ったその先にある何かは、もうないのだ。

色々なことを知ってしまったのだ。
これを「知の悲しみ」という。
昔の人は、いいことを言ったもんだ。
知ってしまったが故の、悲しみなのだ。
哀しみでもいい。

だから、あの頃は貴重なのだ。
人は、失ってからでしか、失ったものの大切さは、わからない。
愚かないきものなのだ。

そして僕はタイム・マシーンに乗った。
ドラえもんのように歪んだ時計が走り去っていくわけではなく、それは突然訪れ、あの時の風景が、あの時の匂いが、あの時の風が、あの時の日差しが目の前に現れた。
羊水に浮かんでいるような、つかみ所のない浮遊感覚とともに。
ラリってるわけじゃないよ。

誰にでもタイム・マシーンはある。
タイム・マシーンsだ。
あの頃に行きたければ、思い出の曲を聴きなさい。
一瞬で、行ける。

日本で身長が180㎝を超えるスターが誕生したのは、石原裕次郎が最初である。
それまでの、いわゆる二枚目俳優さんは、顔は、それはもう素晴らしく男前。しかし、バスト・アップと呼ばれる上半身だけの画面がメインな時代だからであって、動きあるものだと、どうして身長の無さがネックになっていた。
昔は歌舞伎俳優系が多かったってのもある。
歌舞伎は着物を着るため、長身だと似合わないのである。
またあの世界は、ほら、みんな親戚みたいなもんだし。

デ。
石原裕次郎が登場した。
当時としては信じられないくらい足の長い俳優である。
その体でアクションをやる。
そりゃ格好いいって。
全盛期を知っているわけではないが、それくらいわかるって。
「ボス」のスーツ姿は絵になっていたから。

しかし、石原裕次郎のあと次の長身スターが誕生するまで時間がかかる。
そう逸材はいないのだ。当時は。
次に長身スターとなったのは、奇しくも石原裕次郎とのからみでの登場である。

松田優作である。

恐らく、日本人で走る姿だけで絵になった最初で最後の役者。
角川映画の『人間の証明』ってのがある。
主演が松田優作。共演者としてジョージ・ケネディってアメリカの役者さんが出ている。この人は、けっこうハリウッド映画にも出ているので顔を見れば、ああとなるはず。

んで。その映画の中で松田優作扮する棟居刑事が犯人をおってニューヨークに行く。ニューヨークではニューヨーク市警の刑事(ジョージ・ケネディ)が対応する。
この二人は、実は以前にからみがあるんだけれど、それは物語のお話なんで割愛する。
棟居刑事のお守りをすることになったジョージ・ケネディが宿屋を紹介する。宿屋の主人に電話をかけて今から日本人が行くというセリフがあるんだが、優作扮する棟居刑事のことを「ジャパニーズ・ボーイ」と言う。そう言ったあとで言い直すの。「ジャパニーズ・ボーイ・・・トール・ジャパニーズ・ボーイ」って。
これって「日本人・・・・背の高い日本人」って意味でしょ。
設定ではジョージ・ケネディは戦争中に進駐軍として日本にいたことがあるので、平均的な日本人の身長を知っている。それに当時のアメちゃんの感覚って背の低い日本人だし。
だから、あえて「背の高い日本人」ってセリフになったと思う。
松田優作は186㎝くらいあったはずなので、とても背の高い日本人になる。
ジョージ・ケネディは190㎝超えているんだけど・・・

では、松田優作の次は誰か?
石原裕次郎や松田優作ほどのカリスマをもった長身俳優は、恐らくいまでもいない。

しかし、走る姿が絵になる役者はいた。
その走る姿が松田優作並に衝撃的だった人。

それが、吉川晃司だった。
運良くわたしは、生で吉川晃司が走る姿を見ることが出来た。
当時19歳の吉川晃司である。
ただでさえ運動神経抜群なのに、まだ10代の頃である。
飛ぶように走っていた。
長い手と足で宙を泳ぐように華麗にかつダイナミックに。
見とれたね。
格好いいぃぃぃぃぃって。

当時、男性アイドルは吉川晃司とザ・チェッカーズだけだった。
断然吉川晃司だった。
理由は自分より身長が高かったから。
フミヤはチビだったからね。

BOOWYというバンドがいて、絶頂期に突然解散した。
ギタリストの布袋寅泰が大好きだった。
あの布袋ワールドがスキだった。

しばらくして、BOOWYのギタリスト布袋寅泰が吉川晃司とユニットを組んだ。
COMPLEXである。
実質2年間しか活動しなかたけれど、活動初年から地元でライブをやってくれた。次の年もやってくれた。
2年間しか活動していないので1年に1度のライブは2回しかなかったけれど、その2度とも行った。

ちなみに最初のライブでは、吉川晃司の持ち歌を何曲もライブでやってくれた。布袋のギターで始まるんだが、最初なんの曲かわからなかった。
こんな曲って布袋にあったっけ?吉川にあったっけ?と。
会場の全員がそう思ったはず。
もう、そのギターイントロが無茶苦茶格好いいわけよ。
で、途中から聞き慣れたフレーズになる。
おおおおおおおおおおおおおお!
と会場が揺れたね。
布袋がアレンジするとそうなるのか!と。
『ラ・ヴィアンローズ』だった。

魂が震えた日だった。

なんでも生が一番!
曲も落語も舞台もセックスも。


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