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愛の親王ご誕生と赤松隊長とシュタイナ中佐

 2006-09-06(水)

今日は朝から、こればっかりですね(笑)

荒川静香選手まで、なぜかお祝いの舞として新プログラム「アヴェ・マリア」を演技していたのは謎ですが・・・

親王殿下でしたね。

とりあえず、日本国万歳!

最近、久しぶりに読書三昧をしているですが、最近復刊された曾野綾子さんの『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実』は、面白いなと。もともと1992年に刊行された『ある神話の風景』という名著があって、その改訂新版になるのですが、ちょうどタイムリーだったですね。

この本は、沖縄戦で渡嘉敷島の集団自決は陸軍の赤松隊長による命令だったという教科書にも載っている話を「まじ?」ってことで関係者にインタビューしながら「どうやら軍の命令はないな」としている本です。

ノーベル賞を開高健が亡くなったので受賞した大江健三郎の『沖縄ノート』にも赤松隊長極悪説が書いてあって、この曾野綾子さんの本は「大江健三郎の本は、嘘っぱちだ」と、まぁ、そういう本であるといっていいと思います。

なにがタイムリーだったのかというと、渡嘉敷島の生き残りの人が「あれは赤松隊長の命令じゃない」と発言したニュースがあったからです。戦後、年金問題で民間人だと対象外なので、軍から命令があったことにして、貧しき渡嘉敷島の住民に年金がいくように赤松隊長が泥を被ったのが真実という告白です。

当時の厚生省の役人も、赤松隊長も、赤松隊長の部下も、なにもかもわかっていてそうしたという、優しき日本人のお話。

曾野綾子さんのこの本を読むと、まだ赤松隊長存命中にインタビューなどしているので、当時陸士出身の25歳の青年士官の(赤松隊は特攻隊です)姿が目に浮かぶようで、それはジャック・ヒギンズの名作『鷲は舞い降りた』のドイツ空挺隊士官のクルト・シュタイナ中佐を彷彿させるのです。

戦後25年目に、赤松隊長の命令下、かつての生き残りの部下が全国から集まるとこは圧巻です。日本のクルト・シュタイナですよ。

集団自決は色々な不運が重なり発生した戦場の狂気でありますが、その事実をねじ曲げ、ある思想的色づけを行い、プロパガンダに利用した勢力には、猛省を促したい。

そして、赤松隊長以下部隊の名誉が回復されることを願うのであります。貧しい村民のためにあえて泥を被った赤松隊長は、やはりシュタイナ中佐だな。

第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。

■「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん
(2006.08.27。全文はリンク先参照)

■沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会

沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった!
曽野 綾子
沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった!

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