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愛のW杯オーストラリア戦と『突入せよ!あさま山荘事件』

 2006-06-13(火)

2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会の日本代表初戦、オーストラリア戦については、既に試合中から試合終了後にかけて雨後の竹の子のように書かれている。

勝利という美酒に酔えなかった忸怩たる思いの感想ばかりのはずである。あと5分我慢していれば、その内容はともかく、「勝つ」という美酒に酔いしれることができたのだから。

中継はNHKだったけれども、TBSで放送していた『突入せよ!あさま山荘事件』の方が面白く、久々にザッピングしながらテレビを観た。


という内容で、オーストラリア戦直後に書いたのだけれども、多くの人がブログなりWebなり掲示板に書き込みをしていたんでしょうナ、もう遅くて遅くて、挙げ句の果てはブラウザが固まってしまって、保存していない記事内容は消えてしまった。

「ムシャクシャしてやった、今は反省している」とは、事件が起きると必ず新聞などに載る理不尽な動機であるが、ブラウザが固まった時、日本代表敗戦の悔しさもあったのだろうが、シャットダウンもせず、パソコンの電源を落とし床に入った。

済んだことにとやかく言っても仕方の無いことは重々承知しているし、「たら、れば」を使えばどんなことだって出来るが不毛な議論であることも知っているが、人は「情」の生き物である以上、感情的にならざるをえず、口惜しいとか悲しいとかもう混在して、ムカついたのは、わたしだけではあるまい。

戦いは、まだ、終わっていない。

ので、次のクロアチア戦だなと思いつつも、1998年のワールドカップ・フランス大会予選リーグで対戦して0-1で負けていることを覚えている人は、どれくらいいるのだろうかと思ってしまう。

役所広司が警察・防衛官僚OBで危機管理のスペシャリスト「佐々淳行」を演じた『突入せよ!あさま山荘事件』は、1972年に連合赤軍により実際にあった事件であり、NHK、民放あわせて視聴率90%弱という、いまでも視聴率トップを維持する事件でもある。

昨日のオーストラリア戦の視聴率はどれくらいだったんだろう・・・

当時の警察トップ、警察庁長官は先年91歳の天寿を全うされた故後藤田正晴氏であり、これは「藤田まこと」が演じていた。よく似ていたなぁ。

故後藤田正晴氏については、その訃報に際し「愛のカミソリ、死す」という記事を書いた。「カミソリ」とは故後藤田氏の異名である。

この『突入せよ!あさま山荘事件』は、原作が単行本で発売されてすぐ購入し読んだ記憶があり、映画化になるとは聞いていたが劇場では観ることはなかった。DVDが発売されて、レンタルして観た。

原作は、現在は文庫本で購入することができる。佐々淳行氏は、もの凄く頭のいいガキ大将が、そのまま大人になったイメージがあり、キレすぎる頭脳の持ち主のため、部下として扱うのは腫れ物を触るくらい難しく、結局、彼を部下としてちゃんと扱うことができたのは故後藤田正晴氏だけだったというのは興味深いところである。

根底の思想なり考え方が若干違うことを認めつつ、佐々淳行氏は故後藤田正晴氏を尊敬し、忠実な部下として働いたのは、あの時代の官僚の少数が、今は滅びてしまった「護民官としての誇り」を持っていたのだなぁと感じざるえない。

戦時中に軍官僚が軍刀をガチャガチャならし予算獲得のために当時の大蔵省を脅していたらしいのだが、何かの本で、軍人が「天皇陛下の赤子(せきし)である軍人の要求が受けられないのか!」と恫喝した際、対応した役人が「なにを言う!私も天皇陛下に使える官である!」と返したということを読んだとき、ある種の爽快感と安堵感を感じたものである。

そういう骨のある役人も当時いたのである。

余談であるが、大蔵省(現財務省)に予算折衝で防衛官僚が行くと、数年前のことではあるが「昔ね、おたくらの先輩がたが、うちを騙して予算ぶんどっていったんだよね」と嫌みを言われていたそうである。この予算とは、戦艦大和の予算のことである。

閑話休題。声の大きい人、目立つ人は、色々言われるが、佐々淳行氏もそうで、『浅間山荘事件』についても、色々言われ訴訟までなったのは記憶に新しい。敗訴してるし(笑)

とはいうものの、このメモ魔のおかげで、当事者一方という制限はあるが、当時の状況を知ることができ(本人もそういうのを公表することも意識しているようだ)、外事課長という要職にもいたため、アンダーなこともオブラートに包みつつテレビ討論等で欠片として論じるのは、観る側、読む側としては楽しみである。

肝心なことは公務員の守秘義務という壁で表には出てこないけれど。佐々淳行氏は、墓場まで持って行く荷物が多そうである。話せないんだろうなぁ、金大中事件の真相とか。

佐々淳行氏の祖父は「佐々友房」という武士であり、ずっと遡れば戦国大名の「佐々成政」に行き着く。水戸黄門の助さんこと佐々木助三郎のモデル「佐々宗淳」も祖先である。

「佐々友房」は肥後藩士でありながら、西南戦争では西郷隆盛側についた、反骨の武士である。生き残ったため、私塾「同心学舎」を開き、これが現在の熊本県立済々黌高等学校になる。

故に佐々家は熊本県では人気が高い。現に佐々淳行氏の実姉紀平悌子氏は、参議院議員立候補は熊本から行っている。紀平悌子氏は婦人運動家の市川房枝氏の子分である。

佐々家とは、うちに右と左を持った不思議な家である。

さて。1枚のコインにも表と裏があるように、物事というのは一面ではないため、多方面から検討するなり判断しなければならない。左曲がりな出版社や著者が多いので書店には、ある事件の当事者一方通行な口当たりの良い本が多いが、他方の当事者である佐々淳行氏の著作を読んでバランスをとるのも、物事を判断する場合に資すると思われる。

佐々淳行氏の文体は、軽快でユーモアも交えているので、大変に読みやすい。そして、結局ある事柄や事件について、客観的に判断するのは自分であるので、朱に染まることなく「ああ、こっちはこういう思いだったのか」などと吟味するのも一興ではなかろうか。

物事は多方面から判断するべきと書いた。今回のワールドカップ日本代表初戦の結果についても、負けた事実はどうしようもないので、誰が戦犯だとあら探しをするよりも、もっと多方面に考えを巡らした方が、次回に向けて楽しくなるのではなかろうか。

人間というのは、複雑なようで単純であり、単純であるようで複雑なので、なかなか思うようにはいかないんだけどね。

国を代表して出場しているチームが負ければ、格上だろうが格下だろうが、誰だって悔しい。サッカーをよく知らない人でも悔しいはず。

それはそれで健全な感情なのだ。

嬉しいことに、ワールドカップで負けても爆弾が落ちてくるわけでも、家が燃えるわけでも、飢えるわけもない。戦争に例えられるが、多くの国民が難儀するわけでもない。これが、救いといえば救い。

但し、「勝利」という美酒でガス抜きしたいと思うのは人情。最悪、トリノ五輪フィギュアスケートの荒川静香選手の金メダルと、WBC王JAPANの世界一で我慢するしかない。

人間とは、かくもわがままなものよ。

突入せよ!「あさま山荘」事件
役所広司 椎名桔平 天海祐希
突入せよ!「あさま山荘」事件

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佐々 淳行

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■関連記事
2005.09.21 愛のカミソリ、死す

■関連情報
あさま山荘事件(Wikipediaより)
佐々淳行(Wikipediaより)
後藤田正晴(Wikipediaより)
佐々淳行公式サイト
(コラムやテレビ出演情報あり)

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