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愛の雲仙普賢岳大火砕流から15年

 2006-06-03(土)

あれから15年。長崎県島原市の雲仙普賢岳大火砕流発生から流れた月日のことである。

当時は地元にいなかったので、大火砕流発生の被害を直接受けたわけではないが、長崎県と有明海を隔て隣接している我が県にも変異はあった。

友人知人に当時のことを聞くと「怖かった」と、ただその一語のみが溜め息のようにはき出される。


どう怖かったのか?と無粋なことを聞いたりしたもんであるが、いきなり真っ暗になったそうだ。それまで、何回となく火砕流は発生していて、その度に火山灰が降ってきた。火山灰のことを地元では「よな」と呼ぶ。

世界一のカルデラを持つ阿蘇山は、たまにクシャミをするので「よな」には慣れていたけれど、あの時は空が真っ暗になり、そして黒い雨が降り出したそうだ。

どこかで聞いた話である。そう、原爆と同じなのだ。黒い雨。6月の夕方は、まだ明るい。午後7時半以降に夜のとばりが降りてくる時期なのだ。その午後4時頃、突然暗闇が襲ったという。そして、黒い雨。

大火砕流で43名の死者が出た。警察、マスコミ関係者、著名な火山学者のクラフト夫妻以外は民間人である。仕方なく残った消防団員にマスコミに雇われたタクシー運転手。

消防団員は地元農家の跡取り息子たちであった。

そして、忘れてはいけないのがマスコミの火事場泥棒と傲慢で傍若無人な姿勢である。有名な話である。当時、普賢岳周辺住民は避難しており、留守になった家に取材記者たちが無断で入り、電話や電源などを勝手に使っていたのだ。窃盗である。

家の様子を見に行った住民が、家に入ったら見知らぬ男性が横になっていた、という話もあった。マスコミ関係者である。

このページに、そのあたりのことが書いてある。

また、消防防災博物館のサイトにも明記してあり、そのようなマスコミによる窃盗防止のため消防団員が残り被害にあったと書いてある。

■消防防災博物館-まさかの噴火-「雲仙・普賢岳 噴火災害を体験して」より
(取材中の画像や大火砕流直後の画像があります)

被害に遭わなくてもいい人々が多数被災し、帰らぬ人となったのは残念でならない。そして、その原因について深く追求し15年目にあたる今年の今日、特集を組むようなマスコミもない。

大火砕流がどれほど凄いのか、当時は発生のたびにテレビでその様子が流れていた。モクモクを湧き起こる黒煙がまるで生き物ように山を下っていく様子は圧巻そのものだった。

大火砕流直後は、大火砕流に巻き込まれた被災者の映像も流れていた。火山灰で真っ白だったような記憶がある。まだ生きていていた人の映像もあったように記憶する。

以下にリンクするのは大火砕流の被災者の画像である。人間がこうなるのだ。気持ち悪いとか、そういうのはない。「これが人だったの?」と思うだけだから。黒い塊である。

■雲仙普賢岳大火砕流被災者の画像

次にリンクするのは、上空から撮影された画像である。畑や道路や家屋らしいものの残骸がある。車もある。木々はなぎ倒され、家屋は倒壊している。火山灰で全体が白いので、まるで雪が積もったようである。

道路前の石垣だけが、かつで、ここに家屋がったという名残をのこしている。そして、この画像に被災者と思われる姿が写っているのだが、おわかりになるだろうか?

■上空からの大火砕流被災地画像

1792年に雲仙普賢岳は大噴火をしている。この時は津波も発生し1万5千人にもおよぶ死者が出ている。この大噴火を「島原大変肥後迷惑」という。

1990年11月17に、実に198年振りに噴火活動を始め、翌1991年6月3日に大火砕流が発生している。

実は、1990年の噴火開始数日前まで、わたしは雲仙にいた(確か、1日前までと思う)。バイト先の旅行で温泉に行っていた。実家に帰って、何気なく新聞を読むと、約200年振りに噴火活動を開始したとあった。

当時は「旅行中でなくてよかった」と思ったくらいである。翌年に、これほどの被害を生むなど、誰にも想像できなかったのである。

西の空、金峰山の後方から沸き立つ不自然なほどの普賢岳の噴煙は、いまでも瞼に焼き付いてる。

天災は忘れた頃にやってくる。だから、忘れてはいけない。

そしてマスコミの傍若無人な態度も忘れてはいけない。ジャーナリストの江川紹子さんの著作がある。実は、まだ読んでいないので、どの視点で書かれた内容なのかわからない。報道陣を主題にしているようであるが、辛辣な内容なのか、それとも美談にしているのか、それが、わからない。

大火砕流に消ゆ―雲仙普賢岳・報道陣20名の死が遺したもの
江川 紹子

大火砕流に消ゆ―雲仙普賢岳・報道陣20名の死が遺したもの

by G-Tools

なので、買って読んでみることにする。

■関連情報
雲仙岳(Wikipediaより)
雲仙岳災害記念館公式サイト
消防防災博物館(災害の記録集・手記)

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