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愛のトリノ冬季パラリンピック

 2006-03-04(土)

トリノ五輪は終わっていない。

ブログやWebサイトでは、「トリノ五輪閉幕に関して思うこと」などとつまらないタイトルで書いてあったりする記事があって、自分の過去記事を読み返すと同じく「トリノ五輪も閉幕したし・・・」などと書いていたりして、ああ、これが現実なんだなと思ってしまう今日この頃。

アテネ夏季オリンピック同様、トリノ冬季オリンピックでもパラリンピックが開催される。パラレルなオリンピック、すなわちパラレル=もうひとつの+オリンピックでパラリンピックなので、トリノ冬季オリンピックは終わっていないのだ。

3月10日に開幕する。


荒川静香が取得した金メダルたったひとつで浮かれ舞い上がっている自分も含めた世間様には、パラリンピックの「パ」の字も頭にない。

テレビや新聞では金メダルや日本勢低迷の苦言提言反省など溢れかえっていて、ガンバレ日本なパラリンピック選手達の姿をみることは皆無である。

そして、やはり、これが現実。

スポンサー企業も、結局は企業のイメージアップ、すなわちお金儲けが目的なので偽善と欺瞞が大好きな企業以外はパラリンピックに興味を示さない。

そしてテレビや新聞は視聴者や購読者のために存在するのではなく、スポンサーの意向で記事内容が決定されるので、推して知るべし。

何度も書いているが、姪っ子小三は身体障害者である。カタワですな。分かり易い言葉でいうと。右目、右手、右足と右半身が不自由である。

歩くことはできるが走ることは出来ない。運動会の徒競走には出るけれど、それはスキップに延長みたいな飛び跳ねる運動でしかない。それでも彼女は止まることなく完走した。

身内に身体障害者がいて、はじめて、ああ、こういうことが不便なんだなと気づく。食べることは、実はそんなに不自由ではない。出すことに不自由する。姪っ子小三の場合。

過去記事にも書いことだが、片足が不自由なのでしゃがむという姿勢ができない。できないことはないが、そのまま後にひっくり返る。もちろん体育座りもできない。あいにく実家には和式トイレしかなかった。明治生まれの祖母がいて、姪っ子小三からみれば曾祖母になるわけだが、足腰が弱ってきたので和式トイレに装着できる洋式便座を取り付けた。それでも片手も不自由だし、用を足すたびに家人を呼んで処理するということが続いた。

父、姪っ子小三にとっては祖父が早くすれば良かったといいつつトイレをリフォームした。もともと和式で設計されていたので便器だけ取り替えるということはできなくて、結構な工事になった。それでも大工さんの手にかかれば素人目にはあっという間だったけれど。

晴れて洋式トイレになり、ウォシュレットタイプの便座なので姪っ子小三も自分自身で用を足せるようになった。

このように、入れることよりも出すことの方が不便であるというのは、実際に世話をしてみてわかったことである。しゃがんで立つという動作が困難で体力精神力を有する運動であるとは想像できないのだ。

それは健常者の正しい感覚である。

偽善に満ちた福祉思考は大嫌いなので、それはそれでいいと思っている。

なにも普段の生活に関係ないことを考える必要はないのだ。但し、わたしやあなたが事故などで不自由な体になった時、その不便さを痛感するはずである。

痛感すればいいだけの話である。世の中は、圧倒的に健常者が多い。そしてマジョリティを中心に社会は構成されるので、健常者が便利な世の中になる。これはこれで間違ったことではないのだ。

逆に不自由なマイノリティにあわせた社会が構成されると、健常者にとっては不便な社会となりかねない。

暴論に近いけれど、そう思う。

人は愚かな生き物なので、自分が当事者にならない限り物事を本当に理解することはできない。

常に、後悔先に立たず。なのだ。

こう考えると、パラリンピックの話題にしても、これが普通なのかなと思えてくるから不思議だ。

体の不自由な人が、歯を食いしばって努力し、国を代表して競技に出る。考えるだけで震えてきそうなほど崇高なことである。

パラリンピックでは、複数金メダルをとっても、凄いねのひとことで終わる。終わってしまう。可哀想とは思わない。それが現実だから。

但し、立派だ、わたしより、あなたより立派だ。

生まれながら不自由な人、途中で不自由になった人、いろいろいようが、少なくとも何かに負けなかった人々である。メダルをとろうがとりまいが。そういう人々である。

物事には表もあれば裏もあるので、パラリンピックに出場する人たちを手放しに誉めることはないのだが、それでも立派だと思う。

荒川静香より断然立派なのである。彼女には両手があり、それぞれの手には指が五本ずつあり、両足があり、それぞれの足には五本ずつの指があり、見ることができ、聴くことができ、話すことが出来る。立つことができ、歩くことができ、走ることができ、跳ねることができ、掴むことができる。五感を使って表現できるアスリートなのだ。

健常者と身体障害者を比較するのはナンセンスではあるが、人間という観点で見ると、そうなるということである。

裏と表もあると書いたが、裏でいけば身体障害者専用の風俗もある。そのルポが本である。考えるだけで凹むテーマである。性(さが)の問題なのである。人間の本能の問題なのである。避けては通れない問題なのである。

しかし、知りたくもないという問題でもある。結局、本能の部分では健常者も身体障害者も違いはない。特別ではないのだ。だから、問題も同じようにある。これが表もあれば裏もあるので手放しでは誉めないという理由である。

通常、日本という国では、わかっているけど表に出さないということが美徳とされる。これは、ある種の知恵ですな。感じていても、見ても、聴いても、思っても表に出さない。胸にしまう。そういう行為は社会を維持するためには必要なのです。

『男はつらいよ』の寅さんではないが「それを言っちゃぁおしめぇよ」になるのだ。口に出すと。わかっていても言わないのがルールなのだ。

それを口に出すと潰される。「世の中お金がすべて」と言ったホリエモンのように。

そんなのみんなわかっているんだ。彼は、なぜ言わないかがわからなかったらしい。

さて、パラリンピック。4つの競技に日本は出場する。

・アルペンスキー
・ノルディックスキー
・アイススレッジホッケー
・車いすカーリング

Yahooに特集ページがあるので、開幕後チェックしてはどうか。日本を応援しようではないか。盛り上がったカーリングもあるのだ。

■Yahooトリノパラリンピック特集ページ

選手紹介で笑ったやつがあったので紹介しておく。選手のコメント欄に「ライバル」ってのがある。

アイススレッジホッケーの石田真彦選手のコメント欄がツボである(笑)

ライバル
・二クラス選手(スウェーデン):片足切断で早いヤツ
・ショーン選手(カナダ):接触プレーで必ずいやがらせするヤツ

これ、ライバルじゃなくて「嫌いなやつ」じゃねぇかよ!

これには笑った。しかし、スポーツ選手、アスリートには必要な気合いなのである。笑ってしまったが、こういう気合い、ガッツはアスリートには不可欠な要素なのだ。

闘争心なきものは去れ、である。

石田選手の他のコメントも気合い入りまくりである。体育会系とバカにするなかれ。おれは大好きだ、こんな選手。

■石田選手他アイススレッジホッケー選手のコメントページ

すべてのパラリンピック出場選手の健闘を祈る!

ガンバレ!ニッポン!

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2005.07.19 愛のリフォーム

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