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愛の美しい日本 棚田

 2006-02-06(月)

棚田」をご存じだろうか?

松之山の棚田

松之山の冬の棚田







(引用元:「宿六日記」より)


山や谷間の斜面を利用した、マ、段々畑の田んぼ版のことである。地形を利用しているため、その姿は曲線で形成されている。

その曲線が描くフォルムは、優雅、緻密、屈強、辛辣を具体化したものであり、田植え前の水を張った棚田は、何枚もの鏡を地面に敷いた透明な光を発する圧倒的な美しさを持っている。

農耕民族が主である日本の、誇るべき風景である。


棚田は限られた耕地の有効活用だけでなく、保水機能や地滑り防止機能等もあり災害防止にも役立っているという先人たちの知恵の結晶でもある。

■解説「棚田とは?」
■茨城大学助手の講義録「棚田って何だ?」

なぜ、このような「棚田」について書いているかというと、まず、その美しさに惹かれるというのが理由のひとつ。引用した画像を観るだけでも、その風流な景観は人の心を和ませるものがある。

もうひとつは、湯宿「和泉屋」がある新潟県十日町市松之山にも著名な「棚田」があると知ったからである。引用した画像は、その松之山の「棚田」である。

そして、姿を変えた冬の「棚田」について、和泉屋の中の人のブログ「宿六日記」に南国人では想像も出来ないお話が記事になっていた。

もう一度引用した上の画像を見て貰いたい。これは、同じ場所の画像である。季節が違うだけの「棚田」の画像である。

右の画像は冬の画像である。荘厳、圧巻、静寂な世界であり、雪、雪、雪。白、白、白である。

左の画像の中央すこし左よりに、傘の形をした針葉樹らしき一本木が見て取れる。その一本木の左側に小屋が見える。右の画像に目を移すと、中央に雪から生えるようにして存在している針葉樹が見て取れる。

同じ樹である。

棚田」は斜面を利用して作られる段々畑みたいな田んぼと書いた。

傾斜がどこにもない。小屋がどこにもない。

雪、雪、雪。白、白、白。そして、樹。

壮絶、可憐、圧倒そして沈黙である。冷たい美しさがある。自然は人に恩恵をもたらすが同時に破壊ももたらすものであるため、白の世界を知らない南国人である私は、ただただ呆然とこの美しい世界を眺めるだけであるが、「宿六日記」によると、その世界を当たり前の風景として暮らす雪国人の視点でコミカルだけれでも辛辣な文章で、この美しい世界の記事が書いてある。

なんと、雪に埋もれた小屋を掘り起こすというのだ。

■雪中行軍

昨年の掘り起こしも記事にある。

■雪下ろし→雪堀り! その2

最初にリンクした記事の中に、まさに雪中行軍、「八甲田山死の彷徨」を彷彿とさせるような画像がある。

白の世界の上に一筋つづく足跡がそれである。その足跡だけが人的風景である。白の世界の違和感というより、熾烈だけれども静かなる心の炎、すなわち意志を感じることができる。

私には想像すら出来ない雪の量。圧倒的な量である。そして、その風景は、語弊があるかもしれないが、とてつもなく美しい。

危険を有する美しさゆえ、惹かれるものがある。死の香りが垣間見えるのである。圧倒的な白の風景の中には。

重ねて書くが、語弊があるのは重々承知で書いている。そして南国人である私は雪の本当の恐ろしさを知らない、無知であることも承知している。

しかし、圧倒的な自然の姿に畏敬の念を抱き、怖れを抱くことは本能的なことであり、「これはヤバイかも」と感じる正常な感覚だと思っている。

以前、阿蘇山の火山活動が活発になり、火口付近は立ち入り禁止になり遠く離れた場所にも火山灰が降り注ぐことがあった。

阿蘇山火口(観光施設になっている)に続くバリケードを突破して、火口付近にまで行ったことがある。真夜中のことだ。車から降りると、粉雪のようにサラサラと火山灰が降り注ぐ。傘を差して火口方面を見上げた。

真夜中の空よりも黒い噴煙が、まるで生き物のように刻々と姿を変え天に舞い上がる様子は、まるで今にも自分が噴煙に包み込まれるのではないかという恐怖を全身に与え、「これはヤバイかも」と本能的に感じることができた。

子供の頃に暗闇を恐れる恐怖より強い本能的な恐怖を感じたのは、あれが初めてだった。今でも、あのモクモクと湧き上がる黒い噴煙と硫黄の匂いは忘れられない。

閑話休題。
棚田」の話である。「松之山」の話である。

今年は雪が多い。昨日のYahooにも「新潟県で25年振りの大雪」というニュースがトップを飾っていた。

新潟県といっても広いので、限られた地区のニュースではあるが、雪が多いのは事実である。

■新潟県で25年ぶり積雪4メートル超を記録
(Yahooニュースより)

新聞やテレビで大雪被害のニュースは、飽きるほどあるのだが、どれも危機感を煽るような報道なのは何故だろう?

テレビに関して言えば、答えは簡単である。視聴率である。そして一番視聴率を取りやすいのは他人の不幸である。

他人の不幸は蜜の味、なのである。

いくら雪が多いとはいえ、雪国人はその中で生まれ育っているのである。雪は風景でもあるが生活の一部なのである。

確かに昨年から今年の雪害による被害者は膨大な数になったけれど、それでその地域は滅びるのかと聞かれれば否である。

メディアの報道で滅びるかと言われれば、そうであると言わざる得ない。

このあたりについては「宿六日記」のこの記事が実に的を得ている。言い得て妙である。

■大雪の取材

まことに辛辣ではあるがユーモアのある記事である。その辛辣さは、ケネディ家の家訓でもある「Grace under pressure」を彷彿とさせるものがある。

ケネディ家とは、アメリカ第35代大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディを輩出した、あのケネディ家のことである。

グレース・アンダー・プレッシャーと読む。「どんなプレッシャー下に置かれても、優雅さを保て」というような意味である。

大雪の取材にきたテレビクルーに対し、間違った報道ばかりされても困るので取材を断った除雪作業中の宿六は、優雅さを保っていたと思われる。

次回、取材にきたらこう答えてやろうという想定問答集でこの記事は締められているが、なかなかシニカルな締め方ではある。是非、最後の一文で答えて貰いたいものである。

もっと笑いを!

蛇足ながら、詩人ゲーテの死に際しての有名な「もっと光を!」という言葉をもじった、今は亡き日本の文豪の洒落が「もっと笑いを!」。

笑い飛ばせというよな単純な意味だけでなく、もっと深い意味があるのだが、それは今回のテーマとは関係ないので解説は省く。この人が急逝しなければノーベル文学賞はこの人だったのになぁ・・・

ともあれ、美しい日本の風景と、その風景の裏側にある見えない努力をリンクした「宿六日記」から読み取って貰えればと思う。

こういう、報道されることのない真実というのは、当事者からの情報が一番いいのである。そういう意味では、インターネットの世界というのは、無法者の集まりばかりでなく、事実と真実は違うという当然のことを改めて認識させてくれる希有なメディアであると実感するのである。

 

今朝も、さむい。

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