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愛の金縛り

 2005-06-21(火)
2号が金縛りのお話を書いていたので、オイラも。
 
記憶というのは、時間と共に薄められ伸ばされ加えられ減らされたりするもので、つまり、忘れるってことですナ。
「人間とは、忘却の生き物である」つう言葉もあるくらいだから。
 
悲しい記憶や辛い記憶は、自己防衛本能だと思うけど、忘れるように出来ている。ついでに、あれほど楽しかったことや嬉しかったことなども忘れちゃったりするのが人間である。
長所は短所というくらいだから、この忘却ってのも、善し悪しでは、ある。
楽しかったり嬉しかったことは、ずっと覚えておきたいものである。
 
でも、やっぱり時間と共に忘れてしまう。
そういう悲しい生き物なんだと、人間について考えちゃったりする。
 
それでも鮮烈に、強烈に記憶していることはあるわけで、それは楽しかったことでもあるし、嬉しかったことでもあるし、悲しかったことでもあるし、辛かったことでもあるし、怖かったことでもある。
 
怖いという感覚はとうに無くなっているのだけど、「怖かった」という感覚は強烈に覚えていることがある。
多々ある。
 
金縛りは、学生時代・・・思春期というか、体と心がアンバランスに成長しだした中学時代高校時代にあったと思う。
運動もしていたし、学生は学生でいろんなストレス-それは人間関係であったり(もちろん男と女の関係も含む)、目上の人(先生や先輩)との関係でもあったり-もあるので、不安定といえば不安定な頃だったかもしれない。
 
運動に関して言えば、信じられないくらいの運動量をこなしていた。
当時、人間の、つうか自分の肉体的限界というものを知りたくて、相当無茶をしていた。
血尿が出たり気絶したりしてた(笑)
今からは想像もできないような事をやってた。。。
若いというのは、やはり、愚かということだ(笑)
結局、わかったのは、肉体的限界というのは、精神的限界の遙か上にあるということ。
肉体的限界が来る前に精神的限界がくる。
脳が自己防衛本能でリミットかけているのかなとも思ったけど、ま、そういう結論になった。
 
このままやったら死ぬかもしれない、というようなことをやっていると、多分、脳みそなんだろうけど、止めに入る。
それは痙攣だったり、気絶だったりするわけ。
 
リミッターすれすれか、ちょこっと超えたかなってのは二度ほどある。
不思議な感覚を味わった。
息が上がったり、筋肉が疲労しているという感覚がなくて、なんか普通なんだよね。時間もゆっくりすすんでいるような気がする。
脳内麻酔かなんかなのかなぁ???
マラソン選手とか走っていて気持ちよくなる「ランナーズ・ハイ」ってのと似ているかもしれない。
 
とにかく体が軽くて、それまで息上がって心臓バクバクだったのが、嘘のようにないのよ。
あれは不思議だったなぁ。
気分的には「これ、ヤバイのかなぁ」って怖さがあったけど。
 
まぁ、そういう肉体を酷使する毎日だったわけで、寝ていても、動かしていない手足がヒクヒクしたりしてた(笑)
よく驚かれたよ。
 
雷の日に、よく金縛りにあっていた。
意識はある。という記憶がある。
今思うと、夢の中と同じだったかもしれない。
夢の中で、「これは夢なんだ」と感じる瞬間があるよね。自分を客観的に見てるから。
そういう感覚だったかもしれない。
 
体が動かない。意識はある。
音は聞こえる。
怖くて目が開けられない。
そういう時は、きまって遠雷が響いていた。
 
そう長くはなく短くもない人生の中で、忘れられない雷がふたつある。
ひとつは、帰省して東京に戻るときに乗った飛行機に、離陸直後落雷したとき。
寝ようとしていて目をつぶっていたけど、真っ白な閃光が瞼の裏を直撃した。もの凄い音もしたし、直後に機内で悲鳴が轟いた。
客室乗務員と機長のアナウンスがあったが、あれは忘れられない雷である。飛行機は、まだ上昇中であったから。
 
もうひとつは、子供の頃からの遊び場である近所の池に生えていた榎に落雷したとき。
爆睡していたけど、落雷の衝撃と轟音でベッドから落っこちた。
翌日、落雷で根元からへし折れている榎を見たときには、さもあらんと納得したものである。
あの雷を超える轟音と衝撃は、まだないな。
高校生の時だったと思う。
 
デ。
金縛り。
一番怖かった金縛りは、高校生の頃だったと思うが、夏でタオルケット1枚で寝ていた時のやつだ。
 
爆睡していて、なんか胸が苦しくて軽く目覚めた。
その直後、お腹の右側、ちょうどおへそと右脇腹の間くらいから、ググッっと何かで押される感覚がして、その感覚が首の方まで移動してきた。
 
言葉で書くと難しいね。
とにかく、何かがお腹の右側から首に向かって上ってくるような感じ。
もうはっきりとわかるのよ。
人なら、手のひらで強めに押さえつけて、そのままお腹から胸へと押さえつけた手を動かす感じ。
 
もうビビリまくった。
体は動かないし。
その何かがどこまで動くのかわからないし。
足の指すら動かせない。
怖くて目は開けられない。
でも意識は、ある。
 
ちょうど左の鎖骨あたりで、その動きはとまったの。
「止まった!」と思った瞬間、首までかけていたタオルケットがスゥーっと足もとに引かれた。
こっちの方がびびった。
誰が引いてるんだ!って。
足の指さえ動かせないからタオルケットの動きを止めることができない。
当時はベッドに寝ていたので、タオルケットが体から落ちれば床に落ちることになる。
首から足まで全部覆っていたタオルケット。
突然、なにかに引かれて足もとまで引かれた。
そこでピタリと止まった。
 
全身冷たい汗だらけ。
生意気盛りの頃だったけど、歯を食いしばっていた。
負けを認めたら、なんか、その何かにつけ入れられると思ったから(笑)
以前、金縛りにあった先輩から「おれは、押忍、参りましたって言ったら解けたよ」ってのを聞いたことがあったが、得体の知れないモノに参ったなんて出来なかった。当時は。
若くて愚かだったのよ。
 
いったいどれくらい時間が過ぎたかわからない。
脈打つ鼓動と鼻から息をする音だけ感じる。
何かいる気配は最初からなかった。
余計に怖かった。
いっそのこと誰かいてくれと。
 
そうとうな時間がたっていたと思う。
もしかしたら、たいした時間じゃなかったと思う。
でも、心の中の葛藤は長時間あった。
目を開けよ!と自分に言い聞かせて、実際に目を開けるまでの時間。
 
勇気を出すということが、それが蛮勇であったとしても、これほど大変なこととは思わなかった。日頃、勇気を出していると思っていたことは、実は勇気でもなんでもないと悟った瞬間でもある。
 
やってやるぞ!とわけのわからない決意をして目を開いた。
夜なので、ぼんやりとしか見えない。まわり。
目が慣れるまで、瞬きも少なめにして、何故か知らないけど睨んでいたと思う。
闇を。
はっと我に返ると、呼吸をしている。
そして、タオルケットが首まであるではないか!
指を動かす。動く。
足の指を動かす。動く。
真夜中だというのに「うぉりや~!!」と気合いを入れてベッドから飛び出すと、電灯のスイッチを入れ壁を背にして、何故かファイティングポーズ。
 
電灯の明かりが眩しくて目を細めたけど、目をつぶっちゃいけないと意味もなく思った。
 
部屋には、じいさんの形見の木剣やヌンチャク、トンファ、サイがあって、全部使えたけど、とりあえずサイを両手に持った。サイとはΨな形をした古武術の武具。
なぜサイを選んだんだろう?
鉄だったからかなぁ?
 
部屋はいつもの通り。
なにも変わったところはない。
 
夢か・・・・
 
これが、その時の結論。
無茶苦茶リアルな夢だったなぁ、と。
確かに腹から胸にかけて移動していった。あの重さは感覚として、ちゃんとある。
でもタオルケットは、そのままだったし・・・
やっぱり夢か。。。。
 
とりあえず夢ということにして、電気を付けたままベッドに入った。
もう爆睡(笑)
 
結局、アレはなんだったんだろう?
いまでも、あの腹から胸を移動した何かの重さは、実感として思い出すことが出来る。
 
他にも不思議なお話はあるけれど、それは次回の講釈で・・・


 
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