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愛のカマキリ

 2005-09-30(金)

玄関の、いつも夜にヤモリが張り付いている壁に、今日はカマキリがいた。

カマキリ(絶対メス)の2カマキリ(絶対メス)の1










昨夜、『鷲は舞い降りた』を書庫から出すため外に出たときは、ヤモリではなく、バッタがいた。緑色の物体なんで、一瞬「お!」とのけ反った。
目の前で気づいたので。

今日は同じ緑でもカマキリだ。
中途半端な大きさだった。
腹は太くて、産卵間近かぁと思わせる姿。

おそらくメス。
絶対メス

なぜなら、カマキリの♂は♀に食われるから。
交尾の最中にでも食われるのだ。
モリモリモリモリとメスはオスを食べる。
食べて栄養をつける。
産卵のための栄養だ。

これが自然の摂理。
女は強い
とても強い。

なので、このカマキリはメスなのだ!
虫でも人間でも、男は食われる運命なのだ。

怖いなぁ、女って。
男は絶対に女には適わないのだ。

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■テンプレート[seo-pop-custom]の色を変える

 2005-09-30(金)
前回紹介したアリさんのテンプレートがバージョンアップしました
[seo-pop-custom]つう名前です。

アナウンス通り、色指定が簡単に出来るバージョンとなっています。
う~む、これで前回記事の手順は不要になったなぁ。
マ。gif画像変更の手順として生きるでしょう。

このバージョンアップしたテンプレート[seo-pop-custom]の色の変更については、アリさんのブログに丁寧に書いてあります

が、やっぱりHTMLやスタイルシートをよく知らない超初心者はいるので(自分も含めて)、前回同様に色を変えてみた。
その手順を性懲りもなく覚書として記す。のである。

■テンプレート[seo-pop-custom]の色を変える の続きを読む

■テンプレート[seo-pop-plugin]の色を変える

 2005-09-30(金)
アリさん作成の素晴らしいテンプレートがあります。
[seo-pop-plugin]つう名前です。

幕僚日誌ⅢのFC2移行化に伴い、なんかおいしいテンプレートないかなぁと思っていたところ、ちょうど、公開された日に見つけ、早速使っています。
親切丁寧に作ってあって、いいっすよ。これ。

デ。アリさんのブログにも行ったりして色々勉強しました。アリさん元SEなんですね。餅は餅屋です。
コメントを読むとカスタマイズに関するものが多く、特に色の変更のコメントが多かったような気がします。気がするだけかも。

自分も色を変更したかったので、してみました。

と、ここまで書いていてアリさんのブログを見ると、今日の記事でコメントを反映させた第2弾、第3弾テンプレートを作成予定とか。
色の変更についても軽く書いてあった。

次は色も簡単に変更できるテンプレートを作ってくれるみたいです。
すばらしい!

とりあえず、HTMLやらスタイルシートやらよくわからない超初心者でも、背景やタイトルの色を変更する手順を覚書として書いておきます。
(テンプレート[seo-pop-plugin]がバージョンアップしたら不要になるけど)



■テンプレート[seo-pop-plugin]の色を変える の続きを読む

愛の Do As Infinity

 2005-09-29(木)

9月14日の「愛のDo As Infinity解散」に書いたけど、本日9月29日をもって Do As Infinity は解散した。

今日の日付で公式ページにもメッセージがあった。

伴都美子、ひげの大渡亮、そしてD・A・Iこと長尾大。
6年前のデビューした日に解散するとは、まるで坂本竜馬みたいだ。
坂本竜馬は、誕生日と命日が同じなのだ。
11月15日、誕生日に暗殺された。
おれが生まれる丁度100年前の話である。

Do As Infinity のコアなファン、ミーハーなファン、たくさんいるだろう。
とてもじゃないが、勝てない。
勝てないが、Do As Infinity の楽曲との濃さなら誰にも負けない。

なぜなら、その濃さというのは、個々それぞれ違うからだ。
学生だった人、社会人だった人、独身だった人、夫婦だった人、若い人、老いた人、男の子、女の子、みなそれぞれ環境も生き様も違うのだ。

そこに関わったDo As Infinityも、個人個人ばらばらなのである。
受けとり方やとらえ方が、違うのである。

俺の場合、ふたつだな。
ひとつは、喜怒哀楽
これと連動している。詳しく書いても、これは自分自身しか理解し得ないものなので書かない。

曲を聴くと、歓喜に身が震える。
曲を聴くと、怒髪天をつく。
曲を聴くと、哀愁に涙がこぼれる。
曲を聴くと、愉快にして痛快にして爽快にして豪快に楽しめる。

それが繰り返される。

もうひとつは・・・
もうひとつは、内緒だ。
これは、寝かせて芳醇させて育てて花開かせなければならないものなので、内緒だ。
一滴の光でもあるし、一瞬の夏でもあるし、これは心地よいものでもある。

マ、人それぞれあるだろう。
しかし、曲はなくならない。
聴けばいい。
部屋で、車で、野外で。
歌えばいい。
部屋で、車で、野外で。

おれは、今までのように、これからも聴くだろう。
喜怒哀楽しながら聴くだろう。

コアなファンでもないのに、何故か、ほぼ全楽曲知っている。
理由はある。
でも、曲名は未だに数曲しか知らない。
理由はある。

それでもいいのだ。
ただ聴けばよい。歌えばよいのだ。

リンク先の長尾大のメッセージにこうあった。

----------------------------------------------------------------------------
 ・・・ようやく"無限の可能性"というものを手に出来たような気がする。
 まさに僕自身の"Do As Infinity"だ。
 そして皆さんは手にする事が出来ただろうか。まだ探している人も多いと思う。
----------------------------------------------------------------------------

このメッセージでリーアム・デヴリンを思い出した。
ジャック・ヒギンズの名作『鷲は舞い降りた』に出てくる主役を食ってしまうほどの強烈なキャラクター。
IRAの闘志。

不屈のドイツ落下傘部隊長の主人公クルト・シュタイナ中佐より、皮肉屋でおちゃめな危険の中でしか生きられないリーアム・デヴリンが好きだった。

イギリスのチャーチル首相誘拐という密命を帯びて、リーアムはシュタイナ中佐を支援するためイギリスの片田舎に潜入する。
そこで、年の離れたモリイ・プライアという娘と一生で一度の恋をする。
敵と味方でありながら。

数十年後、リーアムは相変わらず危険の中に生きている。すっかり中年になったモリイにチャーチル誘拐事件を調べている作家が取材する。
取材の最後にモリイはこう言う。
「彼がいつも捜していたメイオウの平原がやがて見つかることを祈っていると伝えて」と。

王の言葉で書かれたアイルランドの詩にある「メイオウの平原」を常に捜していたリーアム。
リーアムを取材した作家は別れ際にモリイの伝言を伝える。

リーアムは深い悲しみをたたえた笑みを浮かべ言った。
「彼女に会ったら、愛している、と伝えてくれ。あの時も愛していたし、今も愛している、と」

この「メイオウの平原」と「無限の可能性」がダブって、このシーンを思い出した。
この『鷲は舞い降りた』には続編があって、これは、ほぼリーアム・デブリンが主人公。
たしか、この続編で取材した作家かシュタイナ中佐か忘れたけど「メイオウの平原」について尋ねる。

「見つかったか?」と。
こうリーアムは答える。
「見つけた。見つけたけど、見つけた瞬間手の中からこぼれ落ちた」と。
モリイのことと思われる。

男の男による男のための小説だけど、長尾大のメッセージで、これを思い出したよ。

書棚から取り出し、読み返してみよう。

おれは、まだメイオウの平原を捜しているのだろうか?
無限の可能性を捜しているのだろうか?

Do As Infinity の意味は「無限の可能性」・・・・

つうか、可能性ってのは無限だろう、普通。
阪神優勝もあったけど、個人的には、この出来事だったので、これを書いた。

オアシスでも聴こう。

伴~星~(巨人の星の名セリフ)
TAO

B-sideもあるんだよね
Do The A-side


鷲は舞い降りた(完全版)カバー












鷲は舞い降りた 完全版


■関連記事
愛のデキ婚
愛のDo As Infinity解散



■移行作業完了■

 2005-09-29(木)
ライブドアブログからFC2ブログへのデータ移行作業は完了。
しんどかったぁ。

ミラーとして使用するので、先日分までの記事のみの移行。
コメントやトラックバックは、なし。

画像のソースも元のまま。
(リンク先は変更していない。大変なんだもん)

今後は、両方同じ内容で更新されます。

愛のもうひとつの幕僚日誌Ⅲ

 2005-09-28(水)
例の掲示板でも周知したが、幕僚日誌Ⅲのミラーを設置した。

もともとライブドアブログの無料版が容量30MBしかなかったので、いずれ移行しようと準備しておいたもの。
その後、ライブドアが他ブログと差をつけるため容量2.1GBにしたので、死神皇帝の「優雅なる皇帝記Ⅱ」として利用していた。

これを元来の使用目的である幕僚日誌Ⅲとして使うことにした。
このため「優雅なる皇帝記Ⅱ」は移行した。
移行は済んでいる。
なのでリンクの修正が必要だが、これも衛生兵2号のブログ以外完了している。

なので、衛生兵2号はリンク先のURLを変更してね。
これが新しい「優雅なる皇帝記Ⅱ」のアドレスです。
http://sinigamikoutei.blog27.fc2.com/

さて、このライブドアブログをメインに使うか?あっちをメインに使うか?
すなわち、どちらをミラーとして使うかは、実はまだ決めていない。
便宜上、あちらをミラーと呼んでいる。
あっちには、まだデータを移行していない。
ライブドアはデータのバックアップができないので、移行作業は大変なのよ。
そういう意味では、データのバックアップができないのが弱点だね。
ライブドアブログは。

むこうはできるので「優雅なる皇帝記Ⅱ」の移行作業なんて、あっという間に終わった。
やはりデータがバックアップできるのは強いね。
ワンクリックでテキストファイル吐いて、それを保存して終わりだもん。

ま、とりあえず、あっちのアドレスは以下。
http://gozonji.blog4.fc2.com/

Saizeriyan情報幕僚部のメニューにはリンクしている。
幕僚日誌Ⅲがふたつある。ひとつは「ミラー」と但し書きしている。
なので、いける。

これから徐々にデータの移行作業をしていく予定。
画像は、移行しないで、こっちにおきっぱになると思われる。

取り急ぎ、以上。


愛のマイアヒ

 2005-09-27(火)

胃は、まだ痛いんだけども・・・

恋のマイアヒからみで「愛の「のまタコ」」「愛の三木さん」とふたつの記事を書いて、秘密の部屋にも動画を置いた。
その動画を思い出していただきたい。
マイアヒダンス坊やを。
あの憎めないピザデブ坊やを。

アメリカのテレビ番組に「アメリカン・アイドル(American Idle)」つうオーディション番組がある。
大人気の番組。
最近じゃ、これ、中国が番組企画ぱくって問題になっているけど・・・
まぁ、それはいい。
日本だって、昔、大橋巨泉とかがアメリカの番組ぱくってバラエティ作ってたんだから。

この番組をパロったFlashがあって、この中に、例のマイアヒダンス坊やが出てくる。つうか勝手に出演している(笑)
Flashアニメなので、もちろんアニメである。

これが、似てる。
とても、似てる。
動作も完璧に再現している。
眉毛をピクピク動かすところとか。

 American IdleパロディFlash(マイアヒダンス坊や付き)

Flash終わると、「もう一回」と「オリジナルを見る」って選択できる。
「オリジナルを見る」をクリックすると、あのマイアヒダンス坊やの動画が見れる。

いや、もう胃が痛いのに腹かかえて笑った。
審査員のパロディも最高で、アメリカ人が作っているから、もちろん全部英語だけど、喧嘩しているのわかる。

ヒアリングの勉強にでも、どうぞ~


昨日の日誌に書いたけど「はじき豆」ね。
地元じゃ「なつ豆」っていうけど。
最近『坂の上の雲』を読み返していたんだけど、秋山真之の大好物なんだね。
戦艦三笠の艦橋でも食っている描写があった。

なんか嬉しかった。

坂の上の雲〈1〉









秋山真之海軍中将












愛の腹痛(はらいた)

 2005-09-26(月)

はらたいら」じゃないよ。
「はらいた」。腹痛。

急に胃が痛み出した。
その前に違和感あったけど、うめき声が漏れるくらいの激痛。
便意はないので、別に下痢とかじゃない。

いてぇ。
なんだろ、これ。

「はじき豆」ばっかり食べてたからかなぁ。
地元じゃ「なつ豆」って言うけど。


はじき豆 220g


それにしても、痛い。。。

愛のよくはかりません

 2005-09-25(日)
ブログデザインを変更してみた。
再構築しても、なんかトップがずれる。

よく、はかりません。
なので、しばし放置。

愛のよくはかりません の続きを読む

愛の「のまタコ」

 2005-09-25(日)
9月15日のエントリー「愛の三木さん」で「のまネコ」問題について書いた。
けど、なんか動きがあったみたいね。
2ちゃんねる的に。

2ちゃんねる管理人のひろゆき氏が、エイベックスに質問状を送った。
「のまタコ」つうキャラクター作って。

この騒動の経緯を知っている人だと、もう、この質問状が笑える笑える。
特に「のまタコ」の説明文がシニカルでシュールで、エイベックスの面子なしって感じ。
(説明内容をオウム返しにしているから)

 のまタコ質問状と画像と説明文

どうなるんだろう?
前回も書いたけど、世の中は「やったもん勝ち」。
これは変わらない。
でも、、まぁ、世の中は動いているなぁと。

とりあえず、おもしろいので、いいや。


のまタコ



← のまタコ






「あゆ」だよなぁ、しかし。
エイベックス、どう出るんだろう?

愛の模型

 2005-09-24(土)
缶コーヒーの「ジョージア」におまけで田宮のRCカーが付いてくる。
作ってみた。


田宮こんな感じ










こんなのが、缶コーヒーのてっぺんについている。
んで、この中にパーツが入っている。

田宮マーク中身










栄光の田宮マークと中身のパーツ。
小さくてね。もう。

完成図









なんとか組み立て完了。
接着剤つかわないんで、楽なのは楽なんだけど。

買った缶コーヒーに付いていたとはいえ、男の子だからねぇ。
この田宮マークを見て心を動かされないやつはいない!

結局、夜中に作っちゃった。
男の子って、単純なのよねぇ。


愛のハルトマン

 2005-09-23(金)

エーリッヒ・ハルトマン。

ルフト・バッフェの撃墜王。
ウクライナの黒い悪魔。
ダイヤモンド剣付き柏葉騎士鉄十字章授章者。

そして、愛妻家。

ハルトマンって誰?って人もいよう。
そういう人は、以下のページを参照してね。
恐らく、男の子で飛行機(戦闘機)のプラモデルを作ったことがあるなら、絶対知っている人。

 ハルトマンの略歴 その1
 ハルトマンの略歴 その2

ドイツ空軍の第二次世界大戦中の「エース」パイロット。
前人未踏の撃墜機352機の記録を持つ。
妻の名は「ウルスラ」。愛称は「ウーシュ(Usch)」
その妻の愛称は、愛機メッサーシュミットにハートマークとともに描かれていた。

ドイツの敗戦当日まで出撃していた。
愛機で逃避することもできたけど、女子供老人を見捨てておけず、米軍の捕虜となる。
その後ソ連に引き渡され、その後10年間も抑留される。

10年間も。
その間、愛妻ウルスラとの再会だけを願い、その抑留生活を耐える。
ウルスラへの愛だけが、彼の支えだったと思われる。
10年後、祖国へ帰ったハルトマンは、空港でウルスラと再会するのだが、言葉もなく抱き合ったそうだ。
感慨無量であったろう。

これぞ、愛だ。

その後ハルトマンは西ドイツ空軍に入り将官までつとめる。
48歳の若さで退官し、余生をウルスラと過ごす。
第二次世界大戦の歴戦の勇士なので、とっくに亡くなっている感じがするが、敗戦時23歳くらい。
つまり、今の大卒くらいの年齢で撃墜王になっている。
1993年に亡くなる。つい最近である。
祖国の東西ドイツ統一を見届けて天に召されたわけである。
最後まで劇的な人である。

ドイツの片田舎に妻ウルスラと眠っている。
墓碑にはエーリッヒ・ハルトマンとウルスラ・ハルトマンと刻まれている。

永遠の愛とともに







よく見ると、墓碑の上に鷲と鳩のオブジェがある。
鷲は鳩を守るように翼を軽く広げている。
ハルトマンとウルスラであろう。

そして、左下に小さく、こう刻まれている。

 Im Liebe fuer immer (永遠の愛とともに)

352機撃墜したことよりも、死ぬまで妻を愛し続けたハルトマンが格好いい。


このジャケットが欲しい・・・


愛のドナドナと恋のから騒ぎ

 2005-09-22(木)

今日、トラックで運ばれていく牛を見た。
赤牛だった。食用牛である。

ドナドナかぁ・・・
画像は慌てて撮ったので、牛はよくわかんないんだけど、3頭見えた。
あと2、3頭いたんではなかろうか。

牛の目は、目は産卵時のウミガメのように潤っていたけれど、トラックで揺られてゆく牛たちは、この先になにがあるか分からない様子だった。

だから幸せかもしれない。
屠殺場(ジャストシステムのATOK使っているけど、屠殺って一発変換しない。変な自主規制はやめてもらいたいもんだ。ちゃんとした日本語だ)へ向かっていると知っていたら、なんと不憫なことだろう。

たとえ、この先不幸があるとしても、知らなくてもいいことはあるのだ。
昔の人は、こう言った。

 秘すれば、花。
 ひとつの真実にまさる、3つの綺麗な嘘を。

と。

ドナドナド~ナ~ド~ナ~










おいしいステーキ肉になってくださいね。


次。
昨夜、日テレで「恋のから騒ぎドラマスペシャル」(恋のから騒ぎの詳細はココ)をやってた。
8期の話が多くておもしろかった。8期は2002年から2003年にかけてのメンバーで、「宝満(ほうまん)」や「みさえ」や「大道具」らがいた。「小林麻耶」もいたなぁ。人材豊富な期だった。

 「みさえ」と「宝満」の画像はココ(3人写っていて、左が「みさえ」右が「宝満」。ドレスアップしているので、宝満はらしくないかも)

 大道具の画像はココ(一番左。やはりドレスアップしているので、オンエア時のジャージ姿とは印象違うかも。大道具って、もともと可愛い顔してるんだよね)

 他の画像もこのページにあった。
 (恋のから騒ぎOGのページみたい)

この8期は、よく観た。
あの頃の土曜の夜は、恋のから騒ぎナイナイサイズって4チャンネルの黄金パターンだった。(この時間帯の日テレは、女性層をターゲットにした番組やってるんだよなぁ)

「みさえ」を観月ありさが演じるのもびっくりしたが、「大道具」を上原多香子がやるのには驚いた。
心底驚いた。

びっくりした。
上原多香子の演技。
上手くなったねぇ。いつの間にあんなに上手くなったんだろう。
NHK朝の連ドラ「てるてる家族」で鍛えられたのかなぁ。

同じ日テレの『蘇える金狼』では、茂義有梨沙(モギアリサ)って役で主演の香取慎吾の相手役をしたけど、これが、もうマネキンみたいな悲惨な演技だったもんなぁ。
もうネタになったくらい。
「ずっと見てたゾ。茂義有梨沙~」って慎吾ちゃんのセリフでネタにしてた。
もうどうしようもないなぁと。

ラスボスの祖父役が「いかりや長介」でカラミも多かったので、余計に、もう、そのクソ演技が、笑えて笑えて。

それに比べ昨日の演技はどうだろう。
驚嘆!のひとこと。
上手くなった。
大道具という難しいキャラなのに、よくぞあそこまで演じたと思う。
両親役が小日向文世さんと市毛良枝さんの演技派だったけど、遜色ない演技してたもんなぁ。

感動した!
上原多香子の演技に。
ネタではなくて。



宝満円みさえ







左:8期MVPになった、宝満円(ほうまん まどか)
右:「みさえ」こと山下彩佳。
「だぁ~かぁ~らぁ~違うっつうの!」ってよく言ってたなぁ。


大道具小林







左:「大道具」こと大窪敦美。
右:んで、小林麻耶。


「みさえ」役の観月ありさ「大道具」役の上原多香子








ドラマで「みさえ」を演じた観月ありさ。
と「大道具」を演じた上原多香子。

ちなみに、昨年のドラマスペシャルでは、内山理名が「宝満円」を演じた。

昨年「宝満」を演じた内山理名








愛のカミソリ、死す

 2005-09-21(水)
「カミソリ」の異名を持つ人物が亡くなった。
後藤田正晴という。

元警察庁長官にして、国家公安委員長、法相を務めた政治家。

 後藤田元副総理死去(Yahooニュース)

戦前、戦中、戦後を知る政治家が、また世を去った。
享年91歳。
天寿を全うしたな。

戦前戦中は内務省の官僚で、戦後警察畑(昔の警察は内務省管轄。いまは内務省はない)を歩み、その頂点の警察庁長官にあがる。
この人が警察現役の頃は、佐々淳行氏曰く「警察戦国時代」の頃。
浅間山荘や東大紛争など、日々血で血を洗う殺伐とした世相の頃。

浅間山荘の映画『突入せよ!あさま山荘事件』では、藤田まことが後藤田長官の役をやっていた。
「きみ、ちょっと行ってこいや」との命を受け長野県警に赴く若き公安警察官佐々淳行役は役所広司だったな。

まぁ、リベラルな人だったと思う。極右保守とか言われてたけど。
政界を引退したあとは「時事放談」とか出ていたなぁ。
つるべとナンチャンの番組「日本のよあけ」にも佐々氏と出演してたりしてた。

色々評する言葉はあるが、法相時代に死刑執行を再開したのは、いい仕事したと思う。
過激派に対する機動隊の装備充実も確か、この人が現役の頃だったし。
後藤田警察庁長官、秦野警視総監ラインは、今でも警察の最強ラインナップではなかろうか。その下に佐々淳行氏とかがいたわけだから。

しかし晩年というか、最近は、ちと?な言動が多かったように思う。
この人自体はぶれていないと言う。
ならば、世間が右にシフトしたのだろう。

 駿馬も老いては駄馬となる。

かな。
好きな爺さんだったがなぁ。
合掌。

カミソリ後藤田














そうそう、女優水野真紀の旦那後藤田正純氏は、甥御にあたる。

愛の鳥はむ その3

 2005-09-21(水)

仕込みの終わった鳥はむを昨日火入れ。
一晩放置後、今朝成形していたラップとたこ糸を外し、ゆで汁と共にタッパに入れ、冷蔵庫に格納。
この、火入れ放置後の冷蔵庫に格納ってのが、よりハム化を促進する。
とのこと。
今までの経験でも、そう。

成型時にラッピングしているので、ゆで汁にゴールデンスープはない。
ハムの中にギュッと旨味が閉じこめられている状態。
ちとしょっぱいのよ。
なので、このゆで汁ごと冷蔵庫で放置するってのが有効になってくる。
味が均一化されるというか、なんつうか、ちょっぱさが抜けていい塩梅になる。
逆にゆで汁は、その分濃厚なスープになる。

今回も大成功。
今朝、確認のためにしょっぱかったけど、食った。
夜に冷蔵庫から出したやつは、さらに旨かった。しょっぱさもなくなっていた。
スープは絶品。使わなくて捨てるのはもったいないので、何に使うか思案中。

お試しアレ。

鳥はむ軍団









9個のうちの2個。
これを書いている時点で、もう4個しか残ってない!


どうでもいいこと或いは果てしなくどうしようもないこと

 2005-09-21(水)
これだけは書いておかなければならない。
いま、書いておかなければならない。
と、思った。

いつもの幕僚日誌とは違う。
だから、いつものノリで読んでいる人は読みとばした方がいい。
このエントリーだけ主旨が違う。
だからタイトルも違う。
とてもつまらない言葉しかない記事である。


あれから二年が過ぎた。
晴れの日もあり、雨の日もあり、風の日もあった。
志弱くして、未だ生きている。
然れども、その生、仮にして、未だ暗黒を出ず。
我、笑い過ごそうと欲すれど、涙止まず。

 失之易、得之難。
 (コレヲウシナフハヤスク、コレヲウルハカタシ)

このまま潰えようと思い、見もせず、話もせず、語らず日々を過ごした。
幾星霜が過ぎ、遠く東の国から憐憫と愛情の語りかけがあった。
思わず落涙した。
それが、COMMONと衛生兵0号の書き込みである。
そのログは、今の掲示板3号にはない。
サーバがniftyの障害でふっとんだから。
あるきっかけを作ってくれた二人の書き込みである。
だから、niftyに対し、あれだけ食ってかかった。
伏せていた身を、少なからず押し上げてくれた言葉だったから。
幸いなことに、サーバ側のログがあり、メディアに記録されてniftyより頂いた。
まだ復旧はしていないが、いつか過去ログとして復旧するつもりである。

人が発した言葉は、本人の意がそのまま伝わるわけだけではなく、思いも掛けない解釈として相手に伝わることもある。
まさに、そういう言葉だった。
彼、彼女の真意はそうでもはなかったかもしれないが、自分に響いた言葉は、「前へ」であった。

それから、「少し」変化した。
この「少し」は、とても困難で苦痛を伴うことだった。
見た目よりも厳しく、歯を食いしばって「少し」を具現化しようとした。
はたからみれば、笑える光景であったろう。
意味のない光景であったろう。
無駄な光景であったろう。
それでも「少し」の変化を具現化するため、涙を流し、血を流し、見えざる重圧と闘争し、無関心な放心状態を脱すべく、完全脱却ではなく、少し這い上がるだけかもしれないが、「前へ」進んだ。

その「少し」の結果が、情報幕僚部のリニューアルと幕僚日誌Ⅲの執筆だった。
更新する意思のなかったこれらを更新したのだ。
特に幕僚日誌Ⅲは、過去のⅠやⅡを読んでいた人ならわかるが、とても続けられる状態ではなかった。特にⅡ。
だから一新してブログ形式にし、Ⅲとした。

ネタやニュースに対しての文句などを書いているが、これは必死の結果である。
文面通り受け取ってはいけない。
書くことによって忘れ、書くことによって塞ぐ、その結果でしかない。
ほかのコンテンツが何故更新されないのかも、ここに理由がある。
こういうことはわざわざ書くことではないのだが、今日の主旨からすれば、まぁ、どうでもいいことなので、書いている。

書けなくなったら、終わりである。
そのつもりで書いている。
また、あの頃の血の海に伏したと思われたい。

端的に書けば、すぐ終わるのに、まわりくどい書き方をして面倒くさいと思われるだろう。
自分でもそう思う。
これは、わざとこういう風に書いている。
理由は、ある。
しかし、理由は書けない。書かない。
推して知ってもらう以外にない。

こういう書き方すると、自分でもなにを書きたいのか、ぶれる時がある。
なので、以降は少なからず簡潔に書こうと思う。

つまり、これだ。

 不怨天、不尤人。
 (天ヲウラミズ、人ヲトガメズ)

意味は、不幸だからとて運命をのろわず、人のせいにもしない。


あれから二年。
血が止まったと思っていたが、流れて続けていたようだ。

おれは見た。さっき。
偶然にも。
だから、これを書いている。
なつかしいとこもあった。それが特にきつかった。

おれは見た。

おれは何も変わっておらず、あれも変わっていなかった。
思うに、幕僚日誌Ⅲもこうなので、あれもそうなのかもしれない。
深淵の真意は、表だけじゃわからないもんだから。
楽しいのであろう。少なくとも、表は。

泣くが嫌さに笑って候。

だから私は笑っているのです。
近くて遠い空の下で。表は。

以上余談忘備録として、チラシの裏の如き戯れ言。


狼は生きろ、ブタは死ね。



愛の鳥はむ その2

 2005-09-20(火)
仕込みの塩漬け完了。
成形した。ラップとたこ糸で。
ご覧の通り。

鳥はむ鳥はむはむ










大小九つある。
あとは、お鍋にドボンして放置するだけ。
明日には食べられる。

明日の朝は、ラップとたこ糸を外し、ゆで汁とともにタッパに入れ、冷蔵庫に入れよう。
この工程をすると、もっとハムらしくなる。

今回は、エイヤで作ったが、おそらく上手くハム化してくれると思う。
勘だけど。
経験値に裏付けされた勘なので、けっこう当たる。

明日だ。明日。


愛のたこ焼き

 2005-09-19(月)

今日は、義兄(関西出身)がたこ焼きを作ってくれた。
子供である姪っ子小三とマエストロ少尉のリクエストらしい。

たこやき










大阪には一家に一台たこ焼き器があるらしいが、うちの実家には、生まれる前からたこ焼き器はあった。らしい。
詳しいことは省くが、なんでも当時(生まれる前)は、うちで商店をやっていたらしい。叔父夫婦が。
そこでは、たこ焼きも作って売っていたらしい。
物心ついた時には、その商店の残骸つうか、あとはあった。
清涼飲料水のポスター(ペプシとかミリンダ)とあったりした。
以上余談。

デ。もちろん当時のたこ焼き器などあるわけもなく、今のたこ焼き器は、義兄が買ったものである。電気式で、まぁ、ホットプレートのたこ焼き版だね。
(子供の頃、古いたこ焼き器は見た頃がある。使った覚えは記憶がないなぁ)

キャベツ、干しエビ、タコ、チーズが所狭しと並び、粉削り節と青のりの香りが台所に漂っていた。これが、また芳ばしく食欲をそそるのよ。

タコとチーズキャベツ










焼き焼き中ひっくり返す










義兄の作るたこ焼きは絶品である。
いろいろなパターンのたこ焼きを作ってくれる。
姉やオフクロが好きなのは、外はかりっとしていて、中身はジューシーなやつ。
口に入れると熱くてホフホフしちゃう。

今日のは、わりとしっかりしたやつだった。
タコなんて、露天のたこ焼きと違っておもいっきり入っているので、噛むほどにタコのおつゆが口の中に広がるの十分堪能できた。
まぁ、なんでも出来たてが最高に旨いわね。なんでも。

たこやきだらけ










小麦粉だからね。もとは。腹がふくれる。
いったい何個食べたのだろう。
それでも義兄は作る・・・もう、たこ焼きだらけサ。

後かたづけは姉弟で担当。
姪っ子小三は体が不自由なので、できることをやる。
姪っ子中三とマエストロ少尉は洗い物担当。
ギャーギャー喧嘩しながらやっていた。

後かたづけ姉弟マエストロ少尉、頑張る










まぁ、まぁかな。
ゴミ出しの前日は、この二人が家中のゴミ箱をゴミ袋に喧嘩しながら詰める。

まぁ、まぁだな。

それはそうと、衛生兵2号の愛の巣には、たこ焼き器はあるのだろうか?


愛の月と団子

 2005-09-18(日)
今夜は中秋の名月。

見事な満月だった。
お団子はなかったけれど。

中秋の名月については、ここでも読んで勉強してくれたまえ。

新宿副都心の満月は赤みを帯び高層ビルを照らしたみたいだが、こちらの満月は、黄色のままだった。

画像は、ない。



愛の鳥はむ

 2005-09-17(土)
久々に、「鳥はむ」を作ってみた。

過去(去年)の鳥はむ作成工程及び完成品は以下。
 鳥はむ その1
 鳥はむ その2

でも実は、作ろうと思って鳥ムネ肉(グラム39円)を大量に買っていたことをすっかり忘れていて、慌てて作ったのが真相。

仕込みの段階なので、鳥はむ化及び試食は来週になる。
塩漬け時の塩が、ちと足りなかったかなぁと、今思っている。
いや全然足りなかったかもしれない・・・やばいなぁ。

まぁ。来週だ。来週。
鳥はむは、姪っ子中三がずっとリクエストしていた。
ので、作った。

人に言われて料理を作るのは、とても珍しいことである。
しかし、姪っ子は特別なのだ。


愛の三木さん

 2005-09-15(木)

♪マイヤヒ~マイヤフ~マイヤハ~マイヤハッハッハ
♪飲ま飲まイェイ

でお馴染みの「恋のマイヤヒ」。
Saizeriyanでは衛生兵2号のブログが一番最初に紹介したけど、
これ、今問題になってますね。
「恋のマイヤヒ ねこねこ空耳 恋ver」のPVが。

PVに使用されているキャラクター「のまネコ」が「モナー」のパクリ
だということで。

 のまネコ問題のまとめサイト

まぁ、誰がどう見てもパクリですね(笑)
パクリつうか、そのままを使用している(笑)

ビジネスだからね。
もう、世の中「やったもん勝ち」なんだから。
ある意味、どうしようもないっちゃあ、どうしようも、ない(笑)

著作権やら登録商標やらと色々あるんだけれど、突き詰めればコロンブスの卵であって、「やったもん勝ち」この一言に尽きる。

娑婆では、「人の善意に期待する」ってのは成立しないのよ。
何を~!!と怒ってみたところで「覆水盆に返らず」。
やっちまった、やられちまったことは、もう、どうしようもない。

「やられた」方が憤慨しようが激怒しようが呆れ果てようが、「やったもん」から見れば「負け犬の遠吠え」でしかないわけさ。
「やられた」方に感情のしこりは残るかもしれないが、世の中そうなっている。
悲しいかな。

北のひめゆり」でも書いたけど、強姦レイプ犯ってのは、ある意味確信犯であり始末が悪い。
「やったもん勝ち」だから。
この場合の「やる」とは「犯る」と書く。「犯やられた」方は心と体に重く深く暗い傷を負う。
たとえ「犯った」方が捕まって罰せられようと「犯られた」傷は癒えることも消すことも出来ない。
だから「やったもん勝ち」なのである。
故に、以前は、そういうやつは殺せ!と思っていたが、それより陰湿な生き地獄を味合わせよ!となったのである。
去勢して放り出せと。チンポコ切り落とせ、と。
以上余談。

関係ないけど、「覆水盆に返らず」って高校の英語の授業でイディオム(熟語)かなんかで出てきて、なんでかわかんないんだけど、未だに覚えている(笑)
大学受験時、いくつか大学受けたけど入試で出たことは、なかったなぁ。

It is no use crying over spilt milk.

ミルクをこぼすって表現がおもしろかった気がする。
以上これまた余談。

と、ここまで書いていると、姪っ子中三が泣きながら俺のとこに来た。
「ムカデに咬まれたぁ」と泣きながら言っている。
顔を押さえているので、顔面を咬まれた(刺された)みたい。
右目の下が腫れている。
寝ていたら咬まれたそうだ。
まだ布団にいる~と泣き叫ぶので、布団を見ると、足が青いもの凄く小さいムカデがいた。
ティッシュを数枚つかんで、握りつぶした。
姪っ子中三を安心させるため、そのムカデを潰したティッシュを灰皿の上で燃やした。
「これでおまえを咬んだムカデは地上から消滅した」
安心しただろうか?

とりあえず腫れているので、氷で冷やし、抗ヒスタミン剤含有の副腎皮質ホルモン軟膏を塗ってやった。
気を静めることが一番なので「たいしたこたぁない。冷やせば治る」と言った。
「痛い」と言う。
「咬まれたんだから、痛いのは当たり前だ」と返す。

とんだ災難だ、姪っ子中三。
以上またまた余談。

「のまネコ」「恋のマイヤヒ」の話、続く。
「恋のマイアヒ」を発売しているのは、エイベックス。
通称、エイベッ糞。
のまネコ問題で憤慨した名もなき天才が最高の皮肉を込めてあるFlashを作った。
もしかしたら、それ以前に作っていたかもしれないんだけど(笑)

これが、また笑える。
無茶苦茶笑える。
キャラクター管理の象徴である、あの千葉県なのに東京と名の付く娯楽施設を皮肉っている。
あのキャラクターを皮肉ることで「のまネコ」問題も皮肉っている。

エイベックスは、「モナーにインスパイアされて<のまネコ>というオリジナルキャラを作った」とコメントしているから。

ネズミーといえばおわかりだろう。
日本でネズミーといえば、もうこれしかない。
著作権ギリギリか?と思われる構成(笑)
嫌みったらしく、著作権に関するテロップありあり(笑)

とりあえず、見てみ。

 http://yogatori.com/movies/guitarist/nezumi.swf

それと、「のまネコ」の本当の姿「モナー」には「八頭身モナー」のAAもある。
AAってアスキーアートの略ね。アスキーアートって何?って言わないでよ(笑)
しょうがない、辞書にリンクでも貼っておくか。
AA(アスキーアート)

(≧∀≦)ゞとか 。゜(゚´Д`゚)ノウンコ- とか(;´Д`) とかもAA。
もっと複雑なAAとかもある。
ここでは主題ではないので省略する。

ちなみに「モナー」はこれ。

   ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`)< オマエモナー
  (    )  \_____
  | | |
  (__)_)


八頭身モナー、続く。
「モナー」は「2ちゃんねる」が有名だけれども、そこの管理人である「ひろゆき」氏が、こうネット上で発言した。

八頭身あげるからモナー返して~

実際ひろゆき氏の発言かどうかはわかんない。まとめサイトの発言集にはなかったから(笑)
んで、やっぱり在野の名もなき天才が「じゃあ、八頭身でPV作ろう」って作っちゃった。
これが、また笑える。

ちなみに、八頭身モナーはこれ。

      ∧_∧
     (  ´∀` )
     /⌒  ´~ \
    / /    ノ  ヽ
    ( /ヽ   |丿 丿
    \ /   | ノ
      (   _ノ |  
      |   / /
      |  / /
      (  ) )   
      | | /   
      | | |
     / | |   
     ∠/─ヽ  

このキャラで「恋のマイアヒ」のPVを作った。
すんげ~笑える。
これです。

 http://yu-net.info/swfup/viewswf.php/0689.swf

先にも書いたとおり、皮肉満載、いやみ満載です。
おもしろいからいいんだけど。

世の中「やったもん勝ち」なんですが、少しずつ、なにか変わってきているのかなぁと思わなくでもない。
でも、やはり「やったもん勝ち」であるのは変わらないんだろうなぁ。

「やられた」方の輝ける闇の如く渦巻く憤怒の「情」は、その対象が多ければ多いほど、現在においては「力」を持つ。
その武装が「インターネット」という怪物である。

しかし、「やられた」方の傷は癒えることはない。
これが、悲しい。

哀しみは消えないのである。


愛のデキ婚

 2005-09-14(水)
Do As Infinity 解散!のニュースのあと、速攻で安達祐実結婚!のニュースが出た。

 安達祐実、誕生日に電撃入籍…妊娠2カ月
 (Yahooニュースより)

こいつのおかげで、ただでさえマイナーなバンドである Do As Infinity の解散ニュースが吹っ飛んでくれたヽ(;´Д`)ノ

Do As Infinity のボーカル伴都美子(ばんとみこ)が安達祐実に似ているというのは、ファンの間では有名な話である。
輪郭が似ているのかな。幼児顔って意味で。
特に、伴都美子が髪を切った時など、それが顕著だった。

顔デカイんだよね。体と比較すると。だから幼児みたいな感じになる。
安達祐実妊娠かぁ。子供が子供生んじゃってどうするんだろう?
もう24歳なんだけど・・・

どっちがどっちかわかるかな?
安達祐実バントミこと伴都美子













伴都美子は、うちの地元出身なんだよね。
ものすごい山奥の方だけど。
旨いラーメン屋がある。
おちかラーメンっていう。

食べたくなったなぁ。

愛のDo As Infinity解散

 2005-09-14(水)
昨日の日誌は気合いの入った長編だったけど、ちと緊急ニュースが入ってきたので「特攻隊」ではない記事を書く。

Do As Infinity が解散だって。

 Yahooの解散記事
 公式ページの解散報告

ちょっと待ってくれよぉ~
姪っ子中三が、あわてて教えに来てくれたけど。
まぢ、ちょっと待ってくれよぉ~である。

俺の予定が狂うではないか。
ああ、もったいないなぁ。

ちと、いやとてもショックである。



愛の「北のひめゆり」

 2005-09-13(火)

今日の日誌は長編になるかも。
また、ちと重い内容になるかも・・・


ひめゆりの塔」や「ひめゆり部隊」をご存じだろうか?

聞いたことがある、くらいの認識でしかないと思われるが、まぁ、それは仕方のないこと。
米軍沖縄上陸作戦で命を落とした、うら若き乙女達のことである。
沖縄戦の悲劇のシンボルといっても過言ではない。

沖縄という、日本の最南端に位置するこの場所で殺され死んでいったた乙女たち。
幾度となく映画化ドラマ化されてきている。
ある意味、戦争悲劇のメジャーである。

反対に、日本の最北端は北海道である。
ここにも「ひめゆり」がいたことをご存じだろうか?
北のひめゆりである。

悲しいことに、この「北のひめゆり」たちは、沖縄のひめゆりに比べると、あまり知られていない。
そういう意味では、戦争悲劇のマイナーである。

戦争悲劇にメジャーもマイナーもないのだが、生き残った人々の末裔である我々があまり知らないというのは、あまりにも無礼で非礼で、そして愚かではなかろうかと思い、この日誌に書いている。

九人の乙女が自決している。
17歳から24歳までの乙女達である。

そして、この悲劇は終戦後に起こっている。
昭和20年8月20日である。
悲劇にしては、あまりにも無念で憤懣やるかたない出来事である。

ソ連は、日ソ不可侵条約を一方的に破り進撃してきた。
ソ連とは、いまのロシアのこと。100年前の言い方をすれば「露助」である。

このことについての詳細Flashがあるので、まず見るべし。

 http://www35.tok2.com/home/sousei/otome.swf

みなさん、これが最後です。さようなら、さよなら・・・

といい青酸カリを飲んで死んでいった彼女達の声が、いまも北の大地に風とともに舞っているようではないか。

北のひめゆり 記念碑








彼女たちは何故自決したのか?
それは多分に純粋を守りたかったに違いないと思う。
誇りでもいい。
いまより倫理観のあった時代なのである。
露助が何をするか知っていたからである。

何をされるのか?

強姦である。
レイプである。
そして、殺される。

当時の日本人は小さい。男性も女性も小さい。
それに比べソ連兵は大男である。
普通に恋愛して肉体関係を結んでも、当初は苦痛の連続に違いない。

それが強姦レイプされたらどうなるか。
怪我どころではないだろう。
会陰裂傷もするだろう。
子供も出来るだろう。
精神的肉体的苦痛悲劇の最たるものである。

誇り高く志し豊かな当時の乙女達には耐え難き屈辱であったろう。
目の前で兵士である男性が死んでいっているのである。
陵辱され虐殺されるより、自ら死を選ぶであったろう。

先にリンクしたFlashは涙なくしては見られないものである。

ソ連兵の残虐ぶりは何も終戦後進撃してきた北海道だけでなく、中国でも行われていた。
満州や中国にいた日本人の多くは、そういう悲劇を受けている。
男性なら連行されシベリア行きである。
女性なら強姦レイプである。
男性もレイプされたという。
民間人である女性(幼い幼児も含む)が多数陵辱されたのである。

中国からの引き揚げ船は九州の博多港に向かった。
日本に帰る船の中で、政府は一枚のチラシを配った。
苦難の末、引き揚げ船で博多港に到着したにもかかわらず、船から海に身投げする女性が後を絶たなかったからである。

彼女たちは、ソ連兵に強姦レイプされ身ごもった女性達であった。
そのチラシは、口が裂けても陵辱されたとは言えない彼女たちを傷つけぬよう細心の注意を払った文面である。

そして政府は博多港引き揚げ者で心身に傷を負った女性に対する対策のため、堕胎手術施設を提供する。

引き揚げ女性がソ連兵らに強姦レイプされ身ごもったため、公式非公式問わず堕胎手術(中絶手術)が行われていたのは、九州では有名な話である。

今年は戦後60年。夏にはNHK民放問わず特別番組が放映されたが、この問題もNHKで特集され8月に放送された。
惜しむらくは、博多港引き揚げの特集であったため、その中のいちエピソードになっていたことと、「九州沖縄スペシャル」という九州限定番組だったことである。

非常にデリケートな問題であるため、当時の堕胎手術を担当した医師も音声だけのインタビューだったりしたが、強烈な内容であった。
NHKだったため、民放に比べ演出色も少なく淡々としていたのが逆によかった。

デリケートな問題という意味は、これは被害者本人の名誉に関する問題という意味であり、また被害の内容がまわりの人間をも巻き込む複雑な問題であるという意味である。

自ずから私は強姦レイプされました。おまけに相手の子供も身ごもりましたというバカはいない。ましてや、そういう被害にあったということが判明すれば社会的に抹殺されてしまう風土風潮が濃厚にあった時代の話でもあるのだ。
いや、これは現代でもそうである。
心と体に、これ以上ない苦痛をあたえる被害である。
未婚女性既婚女性問わず、デリケートな問題であることは間違いない。

このため、時の政府は先に書いたような引き揚げ船でのチラシのほかに、極秘裏に九州大学医学部に堕胎手術を命じているのである。
極秘にするしかない問題であったために。


下にある画像が引き揚げ船内で配られたチラシである。
チラシ 全容チラシ2







チラシ 拡大チラシ 憂悶!








不幸たる御婦人方へ至急御注意!!」で始まるチラシである。
「憂悶に終止符・・・」とある。

憂悶とは「思い悩み、苦しむこと」という意味である。
思い悩むだけでも大変なのに、これに苦しみが加わる。
重い言葉である。
しかし、強姦レイプされた女性は、まさに引き揚げ船の中で「憂悶」していたであろうことは想像に難くない。


毎年5月に福岡県筑紫野市では「水子供養」が行われる。
「水子」とは、胎児。特に、流産または堕胎した胎児のことである。

水子供養1水子供養2








多分に日本的である。
残虐で傲慢で相手を否定する行為の結果存在したものであっても、供養をするのである。この国は。

いったい何体の水子が供養されているかご存じか?
イコール被害にあった女性の最小数ですぞ。
強姦レイプされて妊娠しなかった人を加えれば、被害者数は相当数になる。
その最低限度の数の根拠になるのが、この水子の数である。
不謹慎であるが。

よく「子供に罪はない」という言葉を聞くが、これは嘘である。
罪はある。絶対ある。
じゃあ、種なしに強姦レイプされればいいのか?と言うかもしれないが、それは別の話である。
以上余談。


堕胎手術が行われた保養所。
「厚生省博多引揚擁護局保養所」とある。管轄は当時の厚生省だった。

公式の堕胎用診療所








これは患者の数等を示す表の一部である。

公式の患者数








当時は「不法妊娠」という言葉で表現している。強姦レイプされ妊娠したことを。
その数218である。
左となりに「正常妊娠」とあるのは、これは普通に既婚者が妊娠した数である。
その他にも「性病」や「その他」とある。

ちなみに、この「不法妊娠」の数は公式対策での数である。
またチラシをみて診察を受けた人の「不法妊娠」の数である。
診察を受けなかった人もいただろう。
その前に身投げして死んでいた人もいただろう。
引き揚げ前に処理した人もいただろう。
そう考えると、この数が多いのか少ないのか、考えるだけで憂鬱になるのである。


当時の堕胎手術の様子である。
右のおばあさんは、当時看護婦として堕胎手術に参加していた人である。
現在80歳で存命である。
ということは、当時は20歳だったということになる。

当時の堕胎手術当時の堕胎手術を担当した看護婦(現在80歳存命)








この元看護婦のおばあさんの証言が強烈なのである。
涙なくしては聞くことが出来ない話であった。

要約すると、こんなことを話していた。
「優秀な先生が担当されていて、こういう器具(身振り手振りでその器具の形をつくる)で胎児を引っ張り出して治療をやっていた」
「やることは、そのあたりの産婦人科と同じことと思いますが、麻酔薬がなかった。なので麻酔なしで治療をした。私も子供を産んだことがあるのでわかりますが、それは強烈な苦痛が伴います。それでも歯を食いしばって声一つださず耐えていらっしゃいましたよ患者さんは」
「・・・修羅場でした」

そして、こうも言っていた。
「こういうと大げさかもしれませんが、私たちがやらなくて誰が彼女達を救うのか。というような使命感はありました」

壮絶な内容である。
麻酔薬なしでの堕胎手術である。
それでも苦痛に耐え歯を食いしばって頑張った被害者である患者達。
それを思うと哀しみに包まれる。
なお、これを担当した医師(堕胎だけではなく各種診察等も)は、復員した医師が担当したそうである。


また、これとは別に堕胎手術は行われていた。
それは極秘裡にすすめられた対策である。
厚生省から密命を帯びた九州大学医学部の助教授が、配下の医師に命じたのである。
なぜ極秘裡にすすめられたのか?
それは前項に書いた。

この極秘の堕胎手術が表に出たのは、ある医学雑誌の論文が発表されたためである。
発表したのは、当時九州大学医学部で医局長をされていた医師である。
その論文が以下の画像である。

非公式の堕胎手術の論文









厚生省が命じた極秘指令は、やむを得ないもとと思う。
論文に掲載されている厚生省からの指示は、無念さが滲み出ている。

論文内容1論文内容2







論文内容3論文内容4







論文内容5








異民族の血で汚された婦人たちの不幸を水際で食い止めなければならない。
このため極秘裡に中絶すべし。
上記のような内容だったと思う。

NHKの番組では「現代では考えられない措置」というアナウンスが入っていたが、そうだろうかと思った。
国が対応している分、まっとうな措置ではなかろうかと。
私の勘違いかもしれないが、どこが否定的な内容なのかよくわからなかった。
町医者に診てもらい、闇で処分した人も多数いたのである。


この極秘処置を対応したのは、九州大学医学部である。
医師は、たったの3人である。

極秘手術を担当した九州大学医学部









この密命に参加した医師が存命で、音声のみという条件でインタビューに答えている。
鹿児島在住だった。
また、なぜ音声のみのインタビューであるかも、この問題がデリケートな問題であるということを考えれば納得いくものである。
本意としては、墓場まで持っていく出来事だったに違いない。

担当した医師の証言1担当した医師の証言2








闇で行うとはいえ、当時禁止されていた堕胎手術を行うのである。
その苦悩が伺える。


担当した医師の証言3担当した医師の証言4







担当した医師の証言5担当した医師の証言6







担当した医師の証言7担当した医師の証言8








医師3名に対し、膨大な数の患者がいた。
それだけ強姦レイプを受けた女性が多かったってこと。
対応した患者数は1000名以上だった。
順番待ちの患者は病院の中で待機していた。

その胸中や憂悶としていたに違いない。


ここから、ある女性姉妹のお話。
おなじロシア人に犯られて、姉妹とも妊娠してしまった。
ちゃんと「やられて」と言っている。

担当した医師の証言9担当した医師の証言10







証言11証言12








最後の「(死んだ方がましという気持ちであった姉妹が)身軽になって帰って行くときのうれしそうな顔」というのが、この問題のデリケートさと重さを物語っている。


証言13証言14







証言15証言16







証言17証言18








医師の苦悩が赤裸々に語られている。

「正しいことかと言われたら困るけど・・・いいことをしたという気持ちだけは自信を持って言える

ここに医師として人間としての誇りを感じる。
専門知識が要求されるプロフェッショナルとしての志の高さといおうか、人間としての情の部分の崇高さというか。

いいことをしたという気持ちは自信を持って言える。

過去を振り返ってそう言える気持ちはすばらしいではないだろうか。

最後に「・・・なるべく触れない方がいいという気持ちになっちゃう」とあるが、医師としても被害にあった当人の気持ちまではわからない、ましてや当事者でない回りが本件についてどう思うか分からない、だから「触れない方がいい」と結んでいるのではなかろうか。

デリケートな問題なのである。


これは戦争悲劇の一面に過ぎない。
前線では弾に撃たれ砲に砕かれる兵士もいよう。
空襲で焼き殺される女子供もいよう。
それらも戦争である。

日本だって、少なからずあったろう。強姦レイプがである。
将校クラスだと武人としての誇り(多分に驕りも含むが)もあり、またサムライ文化の最たる「恥の文化」が生きていたため少なかったと思われるが、明日の命も知れない兵隊クラスだと、やはりあったろうと思う。

言い方は悪いが、子孫を残す生殖行為が本能であるなら、死を身近にしたものが強姦レイプをやってしまうのは、現実としてあると認識する。
正当性があると言っているのではない。
日本人もやっただろうと言っているのである。
しかし、この子孫を残す本能は理由の一部である。屁理屈にしかならないと思う。
なぜなら、戦争紛争のない今日においても、強姦レイプ犯罪はなくならないからだ。

軽い言い方になるが、これは戦争ではよくあることなのだ。
日本でも戦国時代ではそういう記録はたくさんある。

米国はどうだろう。
戦後、進駐軍という名の占領軍として日本にきた。
やりたい放題やってくれた。
もちろん強姦レイプもだ。輪姦だな輪姦。複数人に強姦されるなんて日常茶飯事。
こういう記録はいくらだってある。
ただ、当時占領下にあったため表に出ななかっただけである。
このため、日本女性の教養人(多分に当時の貴族階級)の一部は、体を張ってこれを防ぐ手だてをした。

肉体の門である。

米軍兵相手の娼婦。パンパンのことである。
もちろん「食べるため」にパンパンやっていたのも事実だろう。
カタギの女性に被害が出ないように、私たちが「肉体の門」として防波堤になっているなどという崇高な理想は、後付で出来たものだろう。
しかし、心の中に当時のパンパンに、そういう心意気があったのは確かだと思われる。ごく限られた人数だと思われるが。

米軍である。
占領軍である米軍は、白人も黒人も黄色い人もすべからく強姦レイプをやってくれた。
このため、当時のハーフの子らの悲劇が発生するのである。
もちろん純粋恋愛の結果生まれたハーフもいたが。

いまでも沖縄で強姦レイプ事件は発生している。
中学生とかが被害者になっているのである。
まだ占領中の気でいるのか!あいつらは。
被害者の気持ちを考えると、日米地位協定なんて関係なく、そいつを殺せと思う。
なんかしたのか、その中学生。
してねぇだろう。

戦争に、いくさに負けるということは、こういうことなんだなと情けなくなる。

ドイツ人だってパリを占領した時はやっちゃってるし、韓国だってベトナム戦争中には極悪非道のことばかりやってきている。
韓国人の強姦レイプは、あの民族の習性なのかと思われるくらいである。

 ベトナム戦争時、ベトナム女性を強姦し殺したという記事
 (下の方に強姦虐殺の話あります)

 「韓国 レイプ ベトナム」で検索すれば、信じられないくらい記事あります。


以前は強姦レイプした奴は殺していいと思っていた。問答無用で死刑。
いまは、ちと違う。
去勢がいいと思うようになった。
これだと物理的に再犯は不可能だし、何より男子にとって、生殖器がないというのは、これ以上ない精神的苦痛であり、これ以上ない屈辱なのである。
それで死ぬまで苦しめばいいと思うようになっている。


この手の戦争悲劇は、当事者にも関係者にも心に深い傷を残す。
ある種、次元の違う悲劇と思われる。
他の悲劇(空襲による被害とか)より優れているとか劣っているとかではない。
平和時にも発生する悲劇という意味で別次元と言っているのである。

女性というだけで被害にあうのである。
先のNHKの番組でも元看護婦のおばあさんが言っていた「女性というだけで被害にあわれた無念さを思うと・・・」。

世界はちっとも平和ではないし、平和な(と思われている)日本でも犯罪として強姦レイプはある。
世界各国みな友達なんて有り得ないし、現実は「利」で動いている。
かなしいかな「情」ではないんだな。

この「利」が衝突すると戦争になる。
近代戦争は科学技術の戦争であり、ボタンの戦争でもある。
しかし、最終的には「人」対「人」になる。
だからアメリカもイラクで苦戦している。

国を守るとは、すなわち「愛する人」を守ることである。
恋人、妻、親、兄弟、友人、甥っ子、姪っ子を守ることである。

何から「守る」か?
不条理な戦争被害から守るのである。
空襲から守るのである。
強姦レイプから守るのである。

だから死ぬことが出来るのである。
「愛する人」を守るために。

姪っ子が二人と甥っ子が一人いる。
殺されそうになったら、その前に殺すであろう。
悲しい思いはさせたくない。

戦争中、お国のためにと死んでいった若者は「愛する人」のために死んでいったのである。
先にも書いたが、恋人、妻、親兄弟、友人、故郷を守るために。
それらを称して「国」と言っていただけのことである。

本当は「特攻隊」のことを書きたかったんだけど、「北のひめゆり」も書きたかったんで、そちらを先に書いた。
でも、ソ連兵にやられた話の方が長くなってしまった・・・

さすがに疲れた。
3時間くらいかかった。書くの(笑)

次回は、特攻隊のお話を。


愛の日々平安

 2005-09-12(月)
総選挙の結果が出た。
おもしろい結果だったね。
昨日の夕方からNHK民放各社は報道特別番組で、どのチャンネルまわしても「選挙選挙選挙・・・」。
しかも、同じ人ばっかり出ている。
フジがワンピースとか世界柔道をやっていたくらいか。
テレビ東京は、まぁ、省くけど(笑)

ある意味乱世なんだろうねぇ。
平時なら投票率も低いし、政策が話題になることもない。
この平和で治世が行き届いたことを「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)」や「尭舜の民(ぎょうしゅんのたみ)」という。
語源は同じである。

古代中国の伝説の帝王「尭(ぎょう)」や「舜(しゅん)」の治める民衆は天下太平を謳歌したことに由来する。

そうなると、いまの我々は、「鼓腹撃壌」しているわけでもないし「尭舜の民」でもないことになる。
そういう意味で「乱世」なのである。

しかし自民党は爆勝だった。執行部は爆笑もんだろう。
特に武部幹事長は男を上げたはず。
自民党単独過半数で公明党入れれば、なんと衆議院の3分の2を占めたんだからなぁ。
これ、憲法改正以外ほとんどの法案通過しちゃう数だよ。
もう参議院の意味ない(笑)

解散の原因になった法案の参議院否決だけど、これ衆議院に戻ってくる。そこで再審議して3分の2以上の賛成で可決される。そういう仕組みになっている。
つうことは、参議院の勢力は変わらないので、仮に郵政法案を再度衆院可決して参議院に付して否決されたとしても、また衆議院に戻ってきたときに楽勝で可決できる。
なぜなら、衆議院で郵政反対した自民党議員を全部きったから。

だから、この衆議院勢力じゃ参議院の意味ないって書いている。
ある意味、国民は「もう参議院なんていらねぇよ」って判断したっても読める。
そうとう乱暴な意見だけれども(笑)

民放各社の報道特別番組は、どれも優れたバラエティ番組と化していて、タレント化しているキャスターの空回りばかり目立ったけれども、まぁ、岐阜一区マドンナ対決で注目された「野田聖子」(小選挙区で当選)が自民党武部幹事長に「自民党の復党はない」と引導を渡されていたのはおもしろかった。
野田議員、当選後のインタビューつうか出演だったけど、自民党復帰を匂わす発言したんだよね。あっさり武部幹事長に「ルールはルールなので厳粛に対処する」ってかわされて顔面蒼白になっていたけれど。

祭は終わった。
短い秋が既に始まっている。
白い冬は、もうそこまで来ている。

また、人肌恋しい季節がくる。



愛の日々平安 の続きを読む

愛の衆院選挙投票日

 2005-09-11(日)
さきほど、衆院選挙の投票に行ってきた。
911総選挙。
アメリカではなんかあるのだろうけど、時差があるので明日か。
ハリケーンカトリーナの対応でブッシュの支持率最低だそうだ。

911衆院選挙会場入り口(市民センター)










昨日は、ほぼ一日中雨だった。
梅雨の雨みたいに、大量ではない雨が断続的に降っていた。
地面には雨水の川ができ、木々の葉は雨水を浴びしなだれていた。

今日は一転快晴である。
久しぶりの日本晴れ。
かすかに浮かぶ雲が遠くに見える。

他の地域の天気はわからないが、今日が衆院選の投票日と思うと、地元に限っては、やはり小泉首相は晴れ男なんだなと実感した。

昨日の雨で地面は冷やされ、このため乾いた空気が割とヒンヤリと感じられた。
なんと気持ちのいい晴れ日なんだろう。
空を見上げ、空気をいっぱい吸っていると、まるで心が洗われるようである。

ま、でも日差しが意外に強く、夏の日を彷彿させたりもした。
目を凝らすと、庭に夏の残骸を見つけた。

寂しき向日葵










青空をバックにして、天高くのびたヒマワリが頭を垂れ、力尽きていた。
夏の残骸・・・

夏は完全に終わったのだ。


愛の温野菜

 2005-09-10(土)
冷蔵庫にアスパラガスがあった。
野菜貯蔵庫に完熟トマトとタマネギがあった。
ついでに冷蔵庫にエノキダケもあった。

トマトはスライスして、他の野菜は茹でて温野菜にした。
タマネギは甘く、アスパラガスはジューシーだった。
エノキダケは、キュッキュッとした歯ごたえがあった。

ポン酢で食べた。
おいしゅうございました。

トマトタマネギ 











アスパラ










愛の完熟トマト

 2005-09-09(金)
サラダの中にスライスしたトマトが入っていた。
真っ赤に熟れた完熟トマトである。
隣にあるレタスの緑に対して、強烈な赤が目立っていた。

ひとくち口に入れると、これが甘い。
とても甘い。
完熟トマトなので、油断すると口元からおつゆが漏れそうなくらい柔らかい。
が、歯ごたえはある。

この甘みはどうであろう。
ドレッシングや調味料を拒絶する甘さである。
野菜の甘さである。

あまりに美味しいので、全部食べてしまった。
野菜は本来甘い食べ物であると思った。
人参も甘い。ピーマンも甘い。

なにかぎっしりたっぷり入っている甘さである。
最近、特に野菜ばかり食べている。

秋は、なんでもうまいのだ。


愛の鈴虫

 2005-09-08(木)
今年、初めて野に鈴虫の音を聞いた。
草むらから聞こえるその調べは、誠に風流であり心を和ませるものであった。
コオロギや他の秋虫の音は、晩夏の頃より聞いていたが、鈴虫は最近めっきり数が減ったのか、まだその調べを聴いていなかったのである。

近づくと、ピタリと音を止めるその用心深さ。
姿は見えねど、確実に優雅な調べを奏でる存在がある。

すっかり、秋である。


愛のLIVE

 2005-09-07(水)
地元の市民会館は、アーティストにとても好評である。
なんでも、大きさとかキャパシティとか客席の距離感が抜群なんだそうである。

学生の頃、LIVEを見に行った。
布袋寅泰と吉川晃司のユニットCOMPLEXのLIVEだ。
COMPLEXは実質2年間しか活動してない。
その2年間の活動で2つの全国LIVEツアーをやった。

ありがたいことに、政令指定都市ではないのに2回とも来てくれた。
市民会館は、布袋寅泰がまだBOOWYにいた頃からLIVEをやってくれていて、とても好評だったと聞いている。本人達に。
ソロになってからも来た。

COMPLEX活動最初の年は、アルバム1枚しか出していない。
全曲演じても2時間を超すLIVEでは曲が足りない。
布袋寅泰も吉川晃司も自分の持ち歌を演じた。
二人で歌ったり、吉川が布袋の曲を歌ったりとLIVEならではの醍醐味があった。

別世界だった。
二人ともまだ若く、オイラも若かった。

そのLIVEの模様はビデオで発売されたが、もちろんCOMPLEXの曲のみの構成であった。
最近、当時のLIVEのフルタイムな音を聞くことができた。
MCもあれば個々の持ち歌のとこもちゃんと入っていた。

とても懐かしく、また心躍った。
二人は年を重ね、オイラも年輪を刻んだが、何もかわっていないと思った。
音楽はタイムマシーンなのだ。

そのLIVEを見に行ったのは、1989年だった。
バブルという言葉が生きていた時代だった。


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