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愛の次の日

 2005-04-30(土)
昨日、ワラビ狩りから帰ってから何をしたかというと、道具の清掃をした。
使ったタープ、アルミ製テーブル、折りたたみイス、バーベキューセットなど。
全部取り出して、泥や土を落とし、濡れ雑巾で拭いたあと乾燥雑巾で磨いた。
バーベキューセットは肉汁とか脂とか付着しているので、洗浄し乾かした。
それらの作業を日が暮れるまでやっていた。

疲れた。
とても疲れた。

なので、そのあとはひたすら寝た。
爆睡した。
顔や腕が日に焼けていたので、体は火照っていたが、疲れからすぐに寝れた。

そういう一日でした。


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愛のワラビ狩り

 2005-04-29(金)
疲れた。
ワラビを摘みに総出で、とんでもない山の中に行った。
暑かった。とても暑かった。

山の中なので、気温は低い。
聞くと、そのあたりは6月までコタツを使うそうだ。
九州だよ。びっくりした。
それに風が強い。
風の谷らしく年がら年中、風が吹いているらしい。

ワラビは、もうそこいら中に生えていた。
姪っ子中三と二人で、テーブルを組み立てたり、タープを組み立てたりしていたので、ワラビ狩りには参加していない。
風が強かったのでタープ設置がとても難しかった。
もう、最後は諦めて、近くの樹にくくりつけてテント状態にした。
日差しが強かったので、日よけは必要だったのである。

それけで汗だく。
肌はジリジリと焼ける。
気温は低いのに。
姪っ子中三は、日焼け止めクリームを塗りたくって完全防御。

なんとか基地を設置し終えると、今度はバーベキューの準備。
風が強いので、なるべく火は小さくした。
焼き担当。
姪っ子中三も、家人から「あれやれ、これやれ。あれして、これして」と一斉に言われキレかかっていた。
いやキレていた。
そんで「いちいちキレるんじゃねぇ!さっさと動け!」と俺にダメを押される始末。

秘密の場所なんだが、それより、さらに奥に入っていった。
ヤマウドを探すため。
鉄腕ダッシュのDASH村のあるとこみたいなとこ。
途中まで車で行って、あとは歩き。徒歩。
段々畑になっている水田のあぜ道を上っていく。
あぜ道の横には小さな小川が流れている。清流。透明感があって。
その水際にあるヤマウドを探すのだ。

どんどん登っていく。
歩いて。もちろん土。横は水を張ったばかりの水田なので、足を滑らせれば、小川に落ちるか水田に落ちるかしかない。
そういう場所を歩きながら探す。

カエルが大量にいる。
オタマジャクシも。アメンボも。ゲンゴロウだっている。
久しぶりに見た。
足もとからピョンピョン跳ねて水田に落ちる。カエル。

結局、ヤマウドは見つからなかった。
まだ時期が早いらしい。一週間くらい。
でも、その一週間で一斉にヤマウドの芽が出るので、その時期を逃すと、もうない。食べられるようなものはないってこと。
まさに究極の旬の食べ物である。
天候に左右されやすいので、実際に見て、芽が出る時期を予想するしかないらしい。

帰りに、少し下ったとこの特産品売り場で売ってあったけど、この地域でこれくらいなら、やはり、あの場所はあと一週間だと、連れて行ってくれた親戚のあんちゃんが言っていた。

ヤマウド探しには、そのあんちゃんとマエストロ少尉と三人で出かけたのである。
マエストロ少尉は運動靴にBDUパンツ。オイラはBDUパンツにジャングルブーツ。この服装でよかったわ。
本当にジャングルだったから(笑)

結局、買い物袋6つ分くらいのワラビを摘んた。
相当な量である。
かーちゃんは、帰宅するとさっそくご近所に配っていた。

我が家の分は、いま台所の巨大な鍋でアク抜きをしている。
山菜ごはんが、近々でるであろう。

とにかく暑かったのと疲れたの一言に尽きる。


愛の憂鬱

 2005-04-28(木)
尼崎のJR福知山線脱線事故は、悲惨のひとことに尽きる・・・
突然、知人友人兄妹夫妻子供がいなくなる。

いろいろ思うことはあるが、対岸の火事を見る立場からすれば、ただ呆然と傍観するしかない。

亡くなられた人に、合掌。


愛のジャイアンツ愛

 2005-04-27(水)
今日のナイター、解説が原辰徳だった。
中畑もだった。
結果は6連敗で、楽天か巨人かつうくらい情けないゲームだった。

今も昔も変わりなく、春先から夏、晩秋までナイターは茶の間の風物詩である。我が家では。
巨人が負けるとオヤジの機嫌も悪く、贔屓の選手がダメダメだとオフクロの機嫌が悪く、これに最近、テレビを付けた時点で負けていると姪っ子中三の機嫌が悪くなるってのが加わった。

ジャイアンツ愛。
なわけではない。

司令部時代に、団長と何度も何度も頷きあったことがある。
「同じ質問ばかりされますね、ここは(東京)」って。
ナイターの話とか、野球の季節の故郷の風景を話すと、きまって「巨人ファンですか?」と聞かれる。
「別に」と応える。
すると、相手は虚を突かれたような顔をする。

子供の頃から、テレビの野球は巨人戦しかない。
他に選択肢がない。
毎日巨人戦。
だから巨人の選手は知らず知らずのうちに覚えてしまう。
だからといって特別巨人ファンというわけではない。
あえて言うなら、地元出身の選手のファンってことになる。

それだけなのだ。
今でこそBSやケーブルテレビが普及してメジャリーグや他球団の試合をテレビで観戦できるようになったけど、それらが無い頃には手段がなかった。
地元でプロ野球公式戦が開催されるのも数年に一度という頻度。
それでも野球自体はメジャースポーツなので人気はあった。

巨人戦があったとき、大乱闘になった。
クロマティが相手ピッチャーにストレートかました時。
これは今でも珍プレー好プレー番組で流される。
もう、観客もどっとグランドに乱入したやつ。
あれを見ると「これ、地元のやつだ。藤崎台球場だ」となる。

西武ライオンズの伊東監督は小中学校の先輩にあたり、幼なじみのイトコになる。子供の頃からのヒーローのひとりである。
小学校には、昨年日本一になった際のおめでとう垂れ幕がいまでもしてある。
以前にも書いたけど、中一くらいの時、甲子園でばかばかホームラン打ってた伊東監督の記事が廊下に毎日のように張り出されていた。
んでいつのまにか、所沢高校かなんかに転校してた(笑)
もちろん、甲子園での活躍に目を付けた西武がドラフト回避のために転校させたのである。昼は西武の職員、夜は高校生として(だったと思う)。

伊東監督の地元高校は、古くは川上哲治がOBとしている。
なので地元としては巨人ファンの下地はあるといえばあるかもしれない。
近所に「川上は戦友だ」というジジイがいたが、あながちウソではなかろう。
んで、当時噂になったのが、伊東監督は高校の夜間部に通っていた。なのに一部(昼間部)の野球部の部員として甲子園出場はアリなのか?ってやつ。
夜間生だったかどうかは確認とれていないんだけど、まことしやかにその噂は囁かれていた。

しかしあの頃の地元の高校野球はおもしろかった。子供ながらにワクワクしていたもんだ。なんせ県予選には伊東監督の他に、あの秋山選手(西武→ダイエー)がピッチャーで4番でキャプテンという姿で雌雄を決していたのだから。ついでにたけし軍団の井出らっきょもいた(笑)

夏の甲子園が始まる夏休みは、みんなラジオを持って外で遊んでいた。
もちろん地元出場校の試合状況を聴きながら遊ぶためである。
一時期、つねにベスト4くらいにいく時期があって、あれは観戦するほうからすれば楽しかった。ずっと観戦できるから。
最近は、出場すれども1回戦、2回戦負けと、いったいたくさんの協賛金もらいながら、何をしに行ったんだと思うくらいの負けップリである。

巨人戦の話から高校野球の話になったけど、マ、この季節は田舎では野球になるわけです、ということを書きたかったのである。
ちなみに、地元のヒーローである伊東監督の後援会は、選手時代から地元には、ない。これは地元商工会に属する隣のおじさんから酒の席で聞いた。
なんか、嫌なことを聞いたような、後味の悪さを感じた。
大人の都合なんだろうけど。
一枚のコインの裏側をみたような気がした。
そういえば、ないなぁ。なんでだろ?と考えると憂鬱になる。
いろいろなことが絡む話になるからである。
いやらしい話になるからである。
だから、大人の事情と書いた。
地元新聞は脳天気に選手時代から、ヨイショ記事しか書かないのでわからないのである。
あれは、大人になってから聞いてよかった。
子供の頃に聞いたら、随分とショックだったろう。
もう一度書く。
伊東監督には地元(町内レベルの)後援会はないのである。
大人の事情で。
だから、実はけっこうウラでは嫌われていたりする。

それと、もういっそう10連敗くらいしてくれよ、巨人と。
それでも、うちでは明日も時間になれば「野球、野球、野球にせんか!」と言いながらテレビのチャンネルを変えるであろう。

晩春が終わり、初夏がくる。
暑い暑い夏は、もう、すぐそこまで来ている。


愛の旬を食らう

 2005-04-26(火)
ここ最近、筍料理ばかり食べていた。
タケノコね。
春が旬な食材である。

筍ご飯。
筍の煮物。
筍みそ汁。
など、食卓に筍づくしの料理がならぶ。

春先の、土から顔を出していない(地面が盛り上がっただけの)筍が一番旨い。柔らかくておつゆもたっぷりである。
これが成長すると、あんなに堅い竹になるとは信じられないくらいである。

煮物では、鶏肉を入れたり、馬肉(桜肉)を入れたりして煮込むわけであるが、馬肉(すじ)が一番おいしかった。
適度な歯ごたえと噛むたびに広がるおつゆがなんともいえない。そこに馬肉すじの煮込まれて柔らかくなった食感と味覚が加わると、それだけで白飯が何杯でもいただける。

みそ汁には、薄くスライスした筍を入れる。
豆腐と対極にある、コリコリとした咬み応えのある食感が春を感じさせる。

大きめに切った筍を薬味にした筍ご飯は、薄い味付けと炊きあがった後に小さくなる筍のバランスが最高である。
固めに炊くのがミソである。薬味に鶏肉や馬肉を入れてもいい。

そういう春の旬を食べていた。
さすがに飽きてきたけど・・・

が、この飽きるくらい食べるということが重要なのである。
旬の食材は。
飽きるくらい食べる時期と旬が終わる時期は、総じて同じである。
そして、雲は流れ時が経ち、ああ、なんか筍が食べたいなぁと思う頃は、次の筍の旬の時期になっているのである。

旬の食べ物は、四季折々にある。
そうやって、胃で季節を知るのである。

さすがに、この時期は旬も終わり、筍の季節も終わってしまった。
それでも、少し伸びた筍の違う食べ方を、ほんの短期間ではあるが、できる時期でもある。
食感は、少し固くなって筋張っているが、旬の終焉を感じる食べ方なのである。

春。
山菜の季節でもある。
ワラビやゼンマイ狩りに出かけ、春を食すのである。
山菜は、デリケートなのでタイミングが難しい。
週末どうであろうという話があったが、行ってまだだったら無駄な徒労に終わるので知り合いが秘密の狩り場をチェックしに行った。

時期は今!
であるそうだ。

週末は、ワラビ狩りみたいである。


愛の教訓

 2005-04-25(月)
尼崎の列車事故。
今日は、この事故に尽きる。
この日誌を書いている段階で死者50名、負傷者400名以上。
凄い事故だ。
この事故で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げます。
また、負傷された方々にはお見舞い申し上げます。

ニュースで病院まで搬送された負傷者の姿が映し出された。
つい最近まで放送していた救命病棟24時のリアル版である。
看護師の「ストレッチャー!ストレッチャー!」って絶叫が耳に残る。

報道特別番組、ニュース、新聞、ネット等いろんなソースから、この事故についての情報を得たと思う。
現在進行形の事故なので、今も情報が発信されている。
まだ情報は交錯している部分もあるが、ほぼ、どういうことが起こったかは周知のこととなった。

なので、事故については書かない。

まさか!とか、
んなぁこたぁないって!とか
宝くじに当たるような確立だよ!とか

人は自身に災難が降りかかるまで、そう思う。
これはしょうがないと思う。実際のところ。
だから、避難訓練にしろ防災訓練にしろ、あまり身が入らない。
経験者は、別。
別ではあるが、時が経てば、やはり感覚は鈍るもので、どうしても真剣さに問題がでてくる。

そういうことを職業としている人。
消防、警察、医療等の人くらいではなかろうか。
常日頃から意識しているのは。

そんなことは、すぐに起きるわけがないと思ってたら大地震がきた。
ありえないと思っていたウイルス対策ソフトの暴走があった。

危険は、どんな形にせよ、常に隣にあるのである。
しかし自己でどれほど警戒しても、降りかかる災難てのもある。
今回の列車事故にしても、例え東京消防庁のハイパーレスキュー隊員(レスキューの超エリート隊員)のスキルと経験があっても、1両目に乗っていたら、もう為すがままでしかない。
そういう災難もある。
こういうことを、普通、事故という。

危険は常に隣にいる。
このことを意識する必要がある。
私もあなたもそうなのだ。

世の中には危険がいっぱいあるのである。
原因は多々あるが、事故にしても、
自動車事故
航空機事故
列車事故
船の事故
どれも大惨事になる。

そして、自動車も航空機も列車も船も、身近な文明の利器である。
道を歩けば、隣をびゅんびゅん車がはしっている。
観光やビジネスでは飛行機を利用する。
市街地の上を飛んでいる。
都市部では、通勤通学のあしとして列車(電車)を利用している。
離島や海洋観光地では、船は必需品である。

君子危うきに近寄らず、ができないのが現代なのである。
危ない人を見かけ、避けて違う道を通っても、空から飛行機の部品が落ちてきて死んでしまうことがある現代なのである。

それでも、意識するしないでその後の状況はかわるのである。
危険、危機に対する意識である。
防犯、防災、防火等の意識である。

少しずつでもいいので、意識しようではないか。
明日、事故に巻き込まれるかもしれないのだ。
それは私にもあなたにも平等に訪れる可能性がある災難なのである。

教訓は生かしてこそ、教訓である。

今回のように、突然むこうからやってくる災難については、これは、もう、失礼な言葉ではあるが、運としか言いようがない・・・

どうしようもないことってのは、世の中には、あるんだ。
悔しいけど。

そして、このどうしようもないことについても、世の中は生け贄を要求する。
自身であるか他者であるかの違いだけれども。

哀しいリアリズムだ。
不幸は突然やってきて、すべてを奪って去ってゆく。


愛のウイルスバスター

 2005-04-24(日)
一昨日から昨日にかけてのウイルスバスター騒ぎは、いろんな意味でおもしろかった出来事である。
 
 
簡単に言うと、アンチウイルスソフトである「ウイルスバスター」のウイルスパターンファイルをダウンロードして再起動すると、CPU使用率100%状態になって、マシンがフリーズしちゃう現状。
フリーズしちゃうから、何にもできない(笑)
OSはXPのSP2だけっつう話だけど、2000でも起きたつう話もある。
 
なにがおもしろいかって、コンピュータウイルスの対策ソフトなのに、コンピュータウイルス以上の被害を与えちゃったってこと。
対策は公式HPで早い段階から公開されてたけど、マ、いろいろ不手際もあって、そりゃ大騒ぎだった。
 
マシンがフリーズしちゃう現象なのにインターネット上でしか対策を公開してないとか。
サポートが土日休みとか。
サポート用の電話が0120で始まるフリーダイヤルでないとか。
 
さすがにフリーダイヤルは設置したみたい。
そもそも公式HP上のトップでは、最初の頃は、何も周知されてなかったし。(「重大なお知らせ」って項目あるけど、それに載ってなかった。サポート情報に、こじんまりと情報が公開されていただけ)
 
トレンドマイクロがいかに、事を過小評価していたかがわかる(笑)
対応に追われてそれどころではなかったと言うかもしれないし、それもわかるけど、危機管理つうか、なんつうか、そういうプロフェッショナルがいなかったんだろうね。トレンドマイクロ社には。
 
どんなに対応に追われていようと、マンパワーが足りなかろうと、できることはたくさんあった。それも即時対応で。
日頃の意識と訓練の無さが暴露されたようなもんで、ご愁傷様と言うしかない。
 
実は、私も虎ノ門司令部時代に似たようなことを経験している。
詳しくは書けないけど、公安当局をも巻き込んだ決して表にはでることのない事態に遭遇したことがある。(新聞に載ったんで、そういう意味では一部表には出ていたけど)
 
そう、あの事案です(と、関係者に向かって言ってみる)
あの時は凄かった。
まず、港区司令部から師匠である「保全の守」が呼ばれた。
プロ中のプロのプロフェッショナルにしてスペシャリストの「保全の守」が港区司令部から虎ノ門司令部に到着した時の、その壮絶な形相は今でも忘れられない。
もの凄い形相をしながら冷静に腹の底から言葉を発した時は、小便をチビリそうになった。
 
隊長を頭に参謀長として参加した保全の守を含めた特別チームが編成され、短時間の内に情報収集、情勢把握、指揮命令等まるでパズルを組み立てるみたいに素早く事に対処していった。
たった1日で解決させたのは圧巻だった。
 
隊長を初め特別チームスタッフが優秀だったのは言うまでもないが、参謀長である保全の守の存在はずば抜けていた。
その知識、記憶、的確な分析等どれをとっても彼がいなかったら対応できていなかったことである。
 
隊長は人望のない人ではあったが、たった1日で特別チームを率いて問題を解決した手腕は誰もが評価した。
あの航兵衛でさえ「僕は、あの日の隊長は凄かったと思います。誰もが解決の見えない問題に対処していると思っていたのに、たった1日で解決してしまいましたからね」と。それを指揮したから、と。
 
私は、あの日を境に「おれも保全の守のような有能な下士官になりたい」と痛烈に思うようになった。
 
実は私は特別チームには入っていない。まだ関係者だけでバタバタとしていた頃に少しお手伝いをしたくらいで、保全の守が登場して特別チームが編成されると、その中にはいなかった。
日常業務をやっていた。
特別チームが凄いところは、いきなり特別チームを編成したのではなく、自然に必要な人材を必要な数引き抜き、関係部外者からは特別チームが編成されたと思わせないで編成してしまったことである。
 
対策本部は会議室の1室を使用していたけど、関係部外者はなんかの打ち合わせと思っていたはずである。
保全管理も徹底していて、対策本部に出入りするたびに施錠していた。でも施錠していたとは関係者以外気が付かなかったはずである。それくらい自然にやっていた。異変を醸し出すことなく対策本部を立ち上げ対処していたのである。
あれは凄かった。
それに対策本部の会議室入り口数メートルは、どうやったか知らないが立ち入り禁止区域みたいに空白ゾーンになっていた。
あれはどうやったのだろう?
 
特別チームには衛生兵達が参加している。
あの日は、ほとんど対策本部内で作業していたはずである。
私たちは、淡々と日常業務をやっていた。対策本部でやっていることは知っていたが。
 
恐ろしいほどのプロの仕事を見せつけられた。
無駄という言葉がないくらい俊敏な動きだった。
 
余談が長くなったけど、トレンドマイクロには「保全の守」みたいな人材がいなかったと思われる。
マ、どこにでもいるような人ではないからなぁ、あの人は(笑)
 
今回のウイルスバスターの件って、実は連続した障害の二つ目って知ってる?
最初は、ウイルスバスターの自動アップデートが何度も繰り返されるって障害があった。
これは私も経験した。
自動アップデート後に検索エンジンとかが更新されると再起動を促されるんだけど、再起動したら、途中で「なんとかの初期化に失敗しました」ってメッセージが出て普通に再起動されるのよ。
マ、初期化の失敗なんてアプリじゃ日常茶飯事だし、多分にマシン側の相性とかもあるので無視してた。
んで、再起動後に、もしかしたら自動アップデートに失敗していて最新のウイルスパターンファイルがダウンロードできていないかもしれないのでと、手動アップデートをした。
 
「最新のファイルがあるのでダウンドールしますか?」って表示された。
やっぱりダウンロード失敗してたのかと思い、ダウンロードした。
試しにもう一度手動ダウンロードしてみるかと何となく思いやってみた。
予想では「すでに最新ファイルです」ってメッセージが表示されるはず・・・
 
「最新のファイルがあるのでダウンロードしますか?」って表示された。
・・・なにぃぃぃぃ。
数回繰り返したが、何度やっても同じ。
 
・・・おかしい。
と思ったが、これは自分のマシンがおかしいと思った。
やることもあったので、とりあえずウイルスバスターを切った。
危険といえば危険だけどアタック攻撃とかクラックとかだとウイルス対策ソフトは役に立たないし、ルータとFWソフトで最低限のことやっているのでいいやって、切った。
 
数時間後、ネットでセキュリティ関連の掲示板などを閲覧していると、このウイルスバスターの件の書き込みがあり、どうやらバグらしいとのこと。
ふ~ん。自分のマシンじゃなかったのかぁ・・・よかった。
と思いながら、読み進めていると、どうやらマシンが動かなくなる現象が起きているとのこと。
 
おれは落としたままだし、マ、様子でもみるかってな感じだった。
その後、ネット上では続々と障害の報告がなされていった。
おいおいおいおい。どうなっているんだ・・・
 
マシンがフリーズしたので携帯からサイトを見て書き込んでいる人。マシンフリーズの原因がわからずOSをクリーンインストールした人。あれをした人、これをした人、そりゃ百花繚乱のごとく色々な書き込みがあった。
 
デ。トレンドマイクロは後手後手と・・・
これは仕方ないんだけどね。ある意味。
 
でも、ウイルス対策ソフトの障害が実際のウイルスと同じような症状をクライアントに発生させたというのは、なんかシニカルで黒い笑いが起きた。
恐らく、日本で最大のウイルス被害ではなかろうか、と。
それがウイルス対策ソフトが原因と。
 
システムバスターって名付けた名も無き天才の書き込みもあったな。
市井の人々の感性は鋭いですね。
 
これ、土曜日でよかったですな。
平日だと、もう悲惨なことになっていたでしょうね。
それと地震と同じで、危機管理の対策はやはり必要だと痛烈に感じました。そんなことないって、ということに対する対策。
本当に起きちゃいましたからね。
法人のシステム管理者という範囲でですけど。
 
私は、日曜の朝に、優雅にマシンを再起動して、手動アップデートで対策済みのウイルスパターンファイルをダウンロードしました(笑)
マ、OSはWin2000ってのもあるんですけど。
 
月曜の朝が楽しみだ!


愛の地震雲

 2005-04-23(土)
姪っ子中三に頼まれたDVDを借りるために外へ出た。
今夜は満月。
闇が薄白く月明かりに照らされている。
満月でも見るかと顔を上げた。

・・・?

満月の右下に輝く星がある。
なんだっけ?金星?火星?
とても輝いているんだけど。
人工衛星?
てなことを思っていると、あれれとなった。

月と星の間に地震雲らしき雲が一条、まるで一筆書きのように左上から右下に伸びていた。
これが噂に聞く地震雲ってやつかぁ・・・
そういえば、死神皇帝の「優雅なる皇帝記Ⅱ」にも書いてあったな。画像付きで。

地震雲かどうかはわからないんだけど、とにかく不自然な一直線の雲が月と星の間にあった。色は白。普通の雲の色。
ジェット機雲を見たことがある人はわかると思うけど、そんな感じの直線の雲。でも、ずっと続いているわけではなく、どこから始まってどこで切れているかは肉眼でも確認できた。

夜だったし、出かけるところだったので画像はない。
携帯は持っていたけど、うまく写るかわからなかったので撮らなかった。

地震雲だったんだろうか?

姪っ子中三に「おい、地震雲が出ているぞ」と声をかけ呼び出した。
「ふ~ん、不思議な形」と言っていた。

雲だから動いている。
車に乗り込んで見上げてみたけど、その間も動いていて月にかかっている。
満月を横切るような感じ。

なんか、カッコよかったよ。

最近は地震が多いし、この間も福岡地震の最大の余震がきたばかりなので、いちお姪っ子中三に注意しとけと声をかけて出かけた。

そんだけ。


愛の大韓航空機、成田発

 2005-04-22(金)
もう随分と前の話になる。
5、6年前になる。
 
韓国に行くことになった。
成田から大韓航空機に乗って行ったんだけど、飛行機に乗るまでが大変だった。
 
当時、横浜の能見台ってとこに住んでいた。
西武ライオンズの松坂の母校、横浜高校があるところ。
関係ないけど、横浜高校が夏の甲子園で優勝し、春夏連覇した時(決勝戦で松坂がノーヒットノーランした時)は、能見台駅前の書店の前に設置されたテレビで観戦していた。
近所の人達といっしょに。
もうしょぼい人数だったけど。
数日後、凱旋してきた横浜高校野球部も偶然見ることができた。
バスに乗っていたんだけど、信じられないくらいの人がいて、今日は何かあるのだろうか?と思っていたら、今日横浜高校野球部が帰ってくるんですよと親切に教えてくれる人がいた。
 
実物の松坂は、なんか小さかった。
プロ野球選手を見慣れていたので、高校生だと貧弱に見えたのだと思う。
つうか、プロレスラーとかも見慣れていたので、それが原因かもしれないけど・・・
 
んで、松坂は後部座席の窓側に座っていた。
その人だかりを見て、とても驚いた表情をしていた。
あの驚いた顔は忘れられないナ。
おめーの活躍でこんだけ人集まってんだよ、と。
隣のやつに、おい見てみろよみたいなジェスチャーしてた。
 
駅の中にババァしかいないマイナーハンバーガー屋があるんだけど、横浜高校御用達みたいな感じでサイン色紙だとか写真がべたべた貼ってあった。でも、写真がべたべた貼られるようになったのは、甲子園のあとからだと思う。
 
以上余談。
 
大韓航空機の話。
横浜の能見台に住んでいたので、朝一に離陸する大韓航空機に乗るためには、どうしても成田付近で一泊する必要があった。
ホテルが予約されていた。
んで、当時は港区司令部勤務。電車の時間とかみると、司令部を19時くらいに出なきゃならない。
 
たしか、当時は保全の守の補佐をしていたと思う。
完璧な資料を要求され、完璧な資料を作成した。
監査対応でリハーサルとして内部監査を行うための資料である。
保全の守担当の案件が監査される訳ではなかったが、その前に大きい監査を保全の守が完璧に対応したので、内部的に「ちょっと保全の守、助けてやってくれよ」となったのである。
 
職人に「ちょっと」と言っても完璧を求めるのに・・・
前回の監査でも補佐した私に資料作成の白羽の矢が立つのは自明の理であり、かつ今回の案件にも加わっていたので、否応なしに内部監査を補佐することになったのである。
「保全の守、明日成田からとぶんで、今日は遅くまで出来ませんよ」と事前に報告し、了承も得ていたのに・・・今日はとことんいくからな!と気合い入りまくりの保全の守(笑)
 
忘れてるでしょう、僕のこと・・・
マ、内部監査の相手がF課長だったってのもある(笑)
ええ、あのF課長です。
保全の守曰く「おい、ごぞんじ。今日はおまえが徹底的に突っ込めよ」とのこと。
できるわけないじゃないですか!港区司令部に配属されるまで、直属の上司だったのに。。。
 
ってなわけで、港区司令部の昔はフロア全部会議室だった階の一角で内部監査は始まったのです。
 
19時過ぎまで延々と・・・
まじやばいっす!と懇願してやっと解放。
急いで駅に向かいました。
 
成田空港にはこの電車に乗ればよいくらいしかわからない状態で電車に乗って、本来下りる駅の手前で下りちゃって困っちゃった。
そこも成田空港の一部だったけど、直接空港内部に入れるとこで、いきなり「航空券見せて下さい」って言われた。
ここじゃねぇぇぇぇぇぇ!
と、訳を話して駅にダッシュ。
 
目的の駅に到着し、さてホテル。
が、どうやって行くかがわからない。
保全の守に要求された完璧な資料を完璧に作成するため、すべての時間、能力を資料作成にむけていたので、事前調査などほとんどしていなかったのである。
 
とりあえずバスに乗ればいいことがわかったので乗った。
んで、ホテルの名前がアナウンスされたので降りた。
いやに豪華なホテルである。
頑張ったなぁ、うちの総務も。
と思いつつフロントへ。
チケットを見せると、従業員が丁寧に
「あ、これはここじゃないです。もっと先に同じ系列の同じ名前のホテルがございまして・・・・」
ここじゃねぇぇぇぇぇぇ!
と、お礼を言ってまだ停車していたバスまでダッシュ!
「運転手さん、間違えたよ」
と笑顔で動揺を隠す。
 
やっとホテルに到着。
なんだよ、同じ系列の同じホテル名って言うから期待したのに、成田空港に近いビジネスホテルじゃん。
でも成田空港に近いということは、外国人向けということでもあるわけで、風呂にでも入って汗でも流すか、今日はよく走ったからとバスルームに向かう。
なんだよ!洋風バスかよ。浴槽浅いじゃねぇかよ!
こっちは浸かりたいんだよ!
と早くも挫折。
 
しかたがないのでシャワーで我慢することにした。
シャワーは一番高いとこにかけてあった。
その一番高いところってのが、外国人仕様なんで、たぶん身長2メートルくらいの人がちょうどいい高さ・・・
背伸びしなきゃとれねーじゃねぇかよ!
と二度目の挫折。
 
すっかりホテルにやられてしまって意気消沈。
港区司令部をダッシュで出てきたので、まだ何も食べていないことに気づく。
腹が減っては戦は出来ぬだから、なんか食おう。と思い、ホテルを出てみた。
・・・なんて素晴らしい田園風景なんだ。
コンビニすらねぇじゃねぇかよ!
 
しかたないのでホテルに戻ると、もちろん喫茶室やレストランは閉店している。
しょうがないので自動販売機のカップラーメンを部屋で食べる。
なんて惨めなんだ・・・
すっかり湯冷めしてしまっていた。
 
このあと大韓航空機に乗って、その中でも色々あるんだけど、これは次回。
そして、韓国に到着して運命の出会いが待っているとは、神様以外知るよしもない。これはいつか・・・
 
次回っつっても、明日とは限らない。
本当は大韓航空機の中のことを書こうと思ったけど、マクラで終わってしまった。
サゲもないんだけど・・・
 

 

愛のジョーク

 2005-04-20(水)
ジョークは紳士の嗜みである。
 
ギャグとは違う。
わからない人はわからないけど、知性も教養もない人だとバカにされるのがオチ。
ジョークには政治や宗教や恋愛やあれやこれやの決して表に出ることはないけれど誰もが知っていることが背景になっていることが多い。
知性と教養が必要と言われる所以である。
この場合の知性と教養とは、学問ではない。
人間性の深みのことである。
 
笑いは文化である。
限定されたジョークもあれば、万国共通のジョークもある。
ジョークの世界でよく言われること。
「政治と宗教のジョークは、時と場所を選べ」
そうしないと、殺されたりする(笑)
殺されたりしたら、それ自体ブラックジョークなんだけど、ね。
 
政治のジョークに関しては、関係が緊張している方が秀逸なジョークが多く生まれる。
冷戦時代には、多くの有名なジョークが生まれた。
ソ連のやつとか。
 
宗教も、そう。
市井の人々の発するジョークは、欺瞞に満ちた宗教の真理を鋭く突いているものが多い。
 
恋愛にいたっては、古今東西、ありとあらゆる恋愛マニュアルがジョークの中にある。
昔も今も、西も東も、北も南も、男と女のすることは変わらないってことです(笑)
 
とりあえず、国別の特徴を表したジョーク。
昔はイタリアがオチだったんだけどね。
 
 
ある船に火災が発生した。船長は乗客をスムーズに海へ飛び込ませるために、

イギリス人には 「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には 「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には 「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には 「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には 「ウオッカが流されてしまいました、今追えば間に合います」
フランス人には 「海に飛び込まないで下さい」
日本人には 「みんなもう飛び込みましたよ」
中国人には 「おいしそうな魚が泳いでますよ」
北朝鮮人には 「今が亡命のチャンスですよ」
大阪人には 「阪神が優勝しましたよ」と伝えた。
 
 
ジョークは亜流がたくさんあって、日々進化する。
このジョークには続きがある。「続きを読む」に書いている。
上の中国人のセリフをなくして、続きの方を中国人にしてもいいかもしれない。
 
マ、時と場所を選ぶジョークではあるな。


 

愛のジョーク の続きを読む

愛の余震

 2005-04-20(水)
6時過ぎに「ゴゴゥ」ときた。
地震だ!この間の時より始まりが大きいぞ!
と思った瞬間、揺れは収まった・・・

前回は数十秒続いたんだけど・・・
NHK!NHK!
やっぱり震源地は福岡。
震度は、なんと5強がある。
なるほど。5強があると、このあたりまで揺れるな。
この間の福岡地震の余震で最大のものだった。

それまでの余震は、こちらでは体感できなかった。
震度5強出ると、こちらも揺れるみたい。

しかし、最初はびっくりした。
夕べはアトピー対策でへろへろだったので。

あいかわらず姪っ子小三は爆睡していた・・・

昨夜からの雨は、まだ続いている。
雨に地震。
最悪だなぁ。玄海島。

書いている今も、強雨脚が屋根を叩きつけている。
マエストロ少尉、初めての雨の通学なのである。

余震がきませんように。

死神皇帝が見た地震雲は、こっちの、今日のやつだったんじゃ?
そうそう。福岡で震度5強。こちらは、またもや震度4でした。
でも体感的には震度3かなって感じです。
グラッミシッ・・・シーンって感じ。


愛のアトピー2

 2005-04-20(水)
今夜は、雨。
降ったり止んだりしているが、少し蒸し蒸しする。
暑いってこと。
夏の暑さとは違う、梅雨みたいな、じめじめした蒸し暑さである。
そういう感じの暑さが、ある。
窓を開けると、風は冷たいのだが・・・

マエストロ少尉は軽いアトピーである。
「ホットマン」のナナミみたいなもんである。あそこまで酷くはないが。

夜中に、寝ぼけながらも、泣く。
痒い痒いと、泣く。
温かくなると、痒さが出てくる。
なので、今夜は、うなされているみたいに泣いている。

内服薬と塗り薬を貰っているので、塗り薬を塗ってやる。
塗っている間は、気持ちの良さそうな寝息を立てる。
が、しばらくすると、またうなされ始める。
あっちこっち布団の上を移動する。
「あついあつい」「かゆいかゆい」と聞き取れない声で言う。
苦しそうである。きつそうである。
見るに堪えられないほどつらそうである。

本人は半分以上寝ているので、寝ぼけていると見れば、見ることができる。でも、よく見ると、腕や背中や腰を掻いている。
触るとザラザラしている。

薬を塗る。
体を冷やす。
さっきまで、そうしていた。

今は落ち着いて、規則正しい寝息を立てている。

そんなこんなな真夜中であるが、ニュース速報でコンクラーベで次期ローマ法王が決定したと伝えている。
こっちも根比べだよ・・・アトピーと。

環境ホルモンのせいだろうか?
どこに怒りをぶつけていいものやら・・・
環境ホルモンってなんだよ!
精子が薄くなるってくらいしかわかんねぇよ。

姪っ子中三と薬を塗っていたとき、おめぇ弟が苦しんでるんだから、ちゃんとやれよ!と言うと「さっき、唸っていたから『シーシー』って言った」と。
犬じゃねぇんだから。
マ。マエストロ少尉のまとなりに俺がいることを知っていたからだけど。

それにしても、あれだけうるさく唸っていたのに、隣で寝ていた姪っ子小三は眉一つ動かさず爆睡していた。
まさに、動かざること山の如し。

マエストロ少尉、少しは落ち着いたようです。
コンクラーベで決まった次期法王って、誰だろう?


愛の反日デモ

 2005-04-19(火)
いや~新聞テレビネットと賑わしているねぇ。
反日デモ。

色々あるけど、書かない。

とりあえず、地元のラーメン店が中国にも出店していてるんだけど、攻撃食らったみたい。
地元の新聞にデカデカと載っていた。

色々あるけど、書かない。

港区司令部にいた頃は、東京にいたことになる。
地元のことを故郷(クニ)と言っていた。
日本を単位でみると、北海道、本州、四国、九州って単位がある。
次が県。
次が市町村。
次が小学校の校区。
次が町内。
次が隣保(町内のさらに細分化された単位)
最後は、家だ。
全部ひっくるめて、故郷(クニ)だ。

だから、俺はクニを愛している。
クニを国と書くなら、俺は愛国者だ。
家も愛す。
隣保も愛す。
校区も愛す。
ってな感じで。

書かないと書いたけど、ここまでは、書く。
わかる人にはわかると思います。

禅問答みたいですか?


愛の天気予報

 2005-04-13(水)
なにげなくテレビを見ていたら、天気予報をやっていた。
天気予報なんて、チャンネル回したらやっていたという状態だと地元以外の予報をやっていたりして無意味なんだけど、ローカルな天気予報なので、ほぼ地元全域の天気予報であった。

んで、明日。
霜注意とのこと。

・・・・・霜。

・・・・・霜?

4月だよ。
もう桜も散って若葉が鮮やかな4月の中旬だよ。

明日は、霜注意報だそうです。


愛の学徒出陣

 2005-04-12(火)
今日、4月12日は、マエストロ軍曹の少尉任官式でした。
小学校入学式ともいう。
 
本日をもって、正式にマエストロ少尉となる。
なので、今後は、マエストロ少尉で統一する。
 
昨晩から、あいにくの小雨模様で、せっかくの祝い日を日本晴れで過ごすことはできなかたけれど、昼過ぎには雨も上がり、どんよりとした天気ではあったが、まぁ、まずまずであった。
冷たい春風が、これからの試練と道のりを予言するようで、マ、気合いを入れて行きなさいよ、という天からの思し召しだと、そう思うことにした。
 
小雨模様ということで思い出したのが、タイトルにもなっている「学徒出陣」である。
1943(昭和18)年10月21日、神宮外苑で行われた学徒出陣は、季節が違って秋雨だったけれど。
 
4月9日の日誌にも書いているけれど、マエストロ少尉は、散髪して坊主あたまになったので、正真正銘のピカピカの一年生である。
夜は祝いが続き、そこには姪っ子中三、姪っ子小三も列席していたのだが、たらふくご馳走を食べて満足したのか、今日は、これを書いているパソコンの隣の部屋で3人雑魚寝している。
上は14歳。下は6歳。2つの布団にバラバラだけれども川の字に寝ている。
 
俺の寝るスペースが、ない。
もしかしたら、もう二度とこいつらが川の字で寝ることもないだろうから、今夜は、ひっそりと毛布一枚持って、どこかで寝ます。
 
そうそう、マエストロ少尉と徒歩で散髪に行ったとき、桜並木の側を通った際、春風に舞う桜の中を歩いていった、と書いたが、その時に携帯で撮った画像がこれである。
 
遊水池といって、大雨の時など一時的に水を蓄えておく広い場所があるんだけれど、通常は公園になっている。桜がたくさん植えてある。
情報幕僚部トップで台風18号の被害を報告したけど、その際も別角度で、この遊水池を撮影した画像を載せた。
 
色々と、本当に色々と思い出のある場所ではある。
子供の頃は、水田だったけど。フナやドジョウを捕まえていた場所。
  桜満開

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日曜日に新しい友人が増えた。
毎日、目の前にいる。
 
サボテン君です。
どうぞよろしく。
  
新しい友だち










愛の散髪 美容室編

 2005-04-10(日)
今日は姉貴と姪っ子中二が髪を切りに行った。
 
姪っ子中三は前髪と後ろ髪をかなり切った。
かなり切ったと言っても、元々がずいぶんと長かったので、切った後も長いけれど。
 
デ。
姪っ子中三は猫額である。おでこが小さい。
とても若々しくなったけど、切った前髪をさらにピンで留めてあげている。
誰かに似ている。
誰だ・・・
そうだ!あいつだ。
 
大友愛に似ている。
 
似ている



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目も似ているので、いま、とても大友愛に似ている姪っ子中三なのである。
違うのは身長かな。 
 
そんなことを思った春の日の一日。


【追記:2005.09.03】

いや~大友愛効果で凄いアクセスだ。
このページだけ(^_^;)

ライブドアの画像検索で「大友愛」ってやったら、一番最初に表示されるんだもんなぁ。

残念ながら、このページには上記プレー中の画像しかありません。
申し訳ない<(_ _)>
おまけに記事は散髪の記事だし・・・

お探しの画像はこのあたりに数枚あります。
http://oiradesu.blog7.fc2.com/blog-entry-498.html
勝手にリンクして申し訳ないです。
トラバしておきますのでご勘弁を。


愛の散髪 理容室編

 2005-04-09(土)
マエストロ軍曹が12日の少尉任官式典(すなわち入学式)に備えて散髪をした。
同行した。
別に新兵としていくわけではないのだが、丸刈りにした。
0.5ミリのバリカンの限界に挑戦。

一休さんになった。

ついでに私も。
そう、丸刈り。同じ0.5ミリのバリカンで。

清原になった。

徒歩で散髪屋さんに行ったが、帰りは二人連れの坊主頭に近くの花見客もびっくりだったみたい。

透き通るような青空と満開の桜が見事で、春風に舞う桜の中を坊主頭二人は悠々と歩いていった。


愛の国際政治

 2005-04-05(火)
竹島問題ってのが、ある。
簡単にいうと「日本固有の領土である竹島韓国が不法占拠している」ってこと。
 
この問題、例の扶桑社の「新しい歴史教科書」の記載でも「両国が領有権を主張している」って記載が領有権について誤解を与えるって理由で文部科学省に指摘されて「日本固有の領土である竹島を韓国が不法占拠している」って書き直して検定に合格した。(その記事
 
おもしろいよね。あれだけ偏った内容で(右よりって意味で)叩かれた新しい歴史教科書の記述が「ぬるい」ってことで書き直ししてるって。
それもお上の指摘で。
おもしろい。
 
そして、この指摘は正しい。
日本は独立国家なのである。領土に関する限り、引けない。
 
ちなみに、日本が独立した日を知っているだろうか?
サンフランシスコ講和条約が発効した日ですよ。
敗戦後、進駐軍という名の占領軍に占領されていた期間は、日本は独立国家ではなかったのです。
やっとサンフランシスコ講和条約を締結し、発効をもって独立国家に復帰した。
 
1951年(昭和29年)9月8日に同条約締結。
翌年、1952年(昭和30年)4月28日に同条約発効。
 
戦後10年間は占領されていたんですよ、日本は。
その占領軍の頂点にいたのが、ダグラス・マッカーサー元帥ですな。
 
んなことはどうでもよくて、竹島問題。
新聞の夕刊(もちろん地元の地方紙)に、竹島問題で影響ありってへんてこりんな記事があった。
 
なんでも観光客が減っていて観光業界大打撃とのこと・・・
別にいいじゃん。
減ったって。
領土問題で対立してるんだから。
向こうも引けないし、こちら側だって、もちろん引けない。
つうか、日本の島だし。
 
この記事ね、いやらしいのよ。
オブラートかかっていて。
典型的なマスコミのミス・リードを目的にした記事なんだけど。
 
ホリエモンは「世の中お金だ」と声を出して言っちゃった。
それに嫌悪感がもたれた。
でも、これ正しいのよね。
どこもおかしくない。
ただ、日本人の心情として、そういうものの言い方は受け入れがたい。
そこが、彼の犯した最初にして致命的なミス。
だから、彼の評価は分かれている。
やっていることは正しいけど、寅さんじゃないけど「それを言っちゃおしめぇよ」ってことを言っちゃった。
ここは、日本なのである。
北国の田舎もあれば、南国の田舎もある日本なのである。
 
オモテとウラの国なのである。
 
「世の中お金がすべてじゃん」ってのは、正しい。
でも、これウラなんだよね。
そんなのみんな分かっている。
分かっていながら言わないから、言ったまでだ、という理屈もあるだろうけど、なぜ今まで言わなかったかってことも考えなきゃいけない。
ウラだから。
 
でも、そろそろ言ってもいいのかもしれない。
このへん、都会と田舎じゃ差があるだろうけど。
 
んで、竹島問題の夕刊記事の話に戻る。
なにがいやらしいって、この記事(観光業界に大打撃)ね、結局「お金」のことなんだよ。
 
観光客が減って困るって「金ずるが減って困るよ」ってこと(笑)
そう書けよって思う。
でも書けないんだろうね、ウラのことだから。
いや、ワザと書いていないかもしれない。
 
万博の弁当問題でもそうだけど、結局利権がからむ(=お金が絡む)のは、ややこしくなるね。
 
やっぱり、ホリエモンの言うとおり「世の中お金」なのである。
国の根幹をなす領土問題である。竹島問題は。
それに、お金が勝っちゃうんだもん、新聞記事的には。
わらうしか、ない。
 
国の領土を不法占拠され、あまつさえ教科書問題やその他の問題と絡め外交戦争をしかけてくる。
そんなことより、お金を落としてくれる韓国人減る方が記事になる。
おかしいよね。
 
いや、おかしくないのか。
マ、ご飯食べられなくなる方が切実な問題ではあるな。
が、領土問題だと話は別だろう。
国際政治はシビアな現実主義の世界だし。
ありもしない大量破壊兵器を大義名分に爆弾落とす世界である。
 
色々書きたいことあるけど、むちゃくちゃ長くなるし、もう書いていて飽きてきたのでやめるけど、新聞社よ、なんか違うだろう、と。
 
観光客一切いりません。
韓国にも行きません。
国交断絶してもかまいません。
竹島に自衛艦隊の全戦力注いで海上封鎖します。
航空自衛隊の支援と陸上自衛隊の支援で作戦します。
 
って言ってくれないかなぁ(笑)
 
どのみち、こういうことをして困るのは韓国の方なのだ。
観光客レベルではないお金が落ちなくなりますよ。
 
中国ともあるんだよなぁ。
 
なんで、こういう記事についての感想を書いたかというと、オフクロがその記事読んで怒り心頭だったから(笑)
姉貴は社員研修で地元の観光地にいって「なんだよ、あいつらばっかりだよ、うぜぇ!」と毒づいていたし(笑)


 
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