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愛のアトピー

 2005-03-28(月)
マエストロ軍曹はアトピーだ。
重症ではないが、乾燥した季節などは肌がかさかさで痒い痒いと泣く。
お風呂上がりに毎日薬を塗る。
バタバタしている時などは、塗り忘れたりするが、そういう時はきまって夜中に泣きながら起きる。

今日は、義兄が夜勤なのでマエストロ軍曹は私の布団で寝た。
私は、そのあたりに雑魚寝である。
その隣には姪っ子小二も寝ている。

夜中に一度起きた。寝ぼけているのかと思って、寝かしつけた。
しばらくして、泣きながら起きた。悪い夢でも見たのかと思い近づくと、体を掻いていた。

痒いんだ・・・

すぐさま姪っ子中二に薬は何処だ!と叫んだ。
マエストロ軍曹を起し隣の部屋に連れて行く。
薬箱には、たくさんの薬がある。
ほとんど姪っ子小二の薬である。

「どれだ」
「これかな・・・姪っ子小二のやつだ・・・」
二人で探しまくる。

マエストロ軍曹は半開きの目で「おしっこしてくる」といいトイレに行った。
「姪っ子中二!覚えておけよ、弟の薬くらい」とどなる。
「姪っ子小二の薬が多いんだもん」と答える。
「薬塗らないと、今夜眠れないぞ、マエストロ軍曹」
「これかな・・・」
「それだ、マジックでマエストロ軍曹って書いてある」

ちょうどマエストロ軍曹が戻ってきたので、上着を脱がせて塗り始めた。
すでに半分寝ていてコックリコックリしている。
「おい、ちゃんと支えておけよ姪っ子中二」
「マエストロ軍曹、眠ってるよ」と姪っ子中二と会話しながら上半身に塗る。

塗り終わると、姉である姪っ子中二がマエストロ軍曹を布団まで連れて行き寝かしつけた。

現代病だよな、アトピー。
環境ホルモンって言葉は大学生の時に流行ったが、現在は色々な環境病に悩まされる不幸な時代でもある。

友人が言っていた。
「精子の濃さを見てみろよ。中学の時なんてスキムミルクより濃かったのに・・・恐るべし環境ホルモン」
二十歳くらいの時かな。

ハウスダストによる呼吸器系疾患とか花粉症とか、あれとかこれとか・・・現代を生きていくのはサバイバルなのだ。

姪っ子中二は鼻炎。
姪っ子小二は体の障害とそれに伴う色々な疾患。
マエストロ軍曹はアトピー。
明治生まれの祖母は、軽く呆けてはいるが、まだまだ健康。
この差はなんなんだ。

心の病と体の病。
社会も病んでいる。

ぐっすり眠れ、マエストロ軍曹。
健康が一番だよ。ほんと。


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愛の緊急救命室、或いは救命病棟という名のER

 2005-03-27(日)
録画していた『救命病棟24時』を観た。
先週まで放送されていたパートⅢのやつである。
東京に大地震が発生した想定のパートⅢである。
 
昨年、新潟地震が発生した際、松嶋菜々子の復帰作であるこの番組が、大地震の設定ということで、放映できるのかとかなんとかという話があって、一部取り直ししたっつう話もあって、ふ~ん、そんなもんなのかぁと思った記憶がある。
 
実はパートⅠもパートⅡも観ていないので、どんな話かわからない。かつ、本家のERをずっと観ていたので、期待もなにもあったものではなかった。
 
地元では、なんかパートⅡの再放送をやっていたとかで姪っ子中二が録画していた。姪っ子中二はパートⅠも知っているみたいで(6年前の番組なので小二くらいのはずだけど・・・)、パートⅡが一番おもしろい、本家ERっぽくておもしろいよ、と言っていた。
 
松嶋菜々子のダメダメ演技より松雪泰子の演技が断然よくて、番組が締まっていた、などと論評する。キャストも個性的な俳優陣で、パートⅡのビデオみれば、私の言っている意味はわかると言う始末。
 
パートⅢも姪っ子中二は観ているのだが、
「やっぱり松嶋菜々子、ダメだね。もう全然・・・松雪泰子のスペシャル版やってくれないかなぁ」
と言っていた。
 
見比べてみた。
やっぱりパートⅡの方がおもしろかった。
とても、おもしろかった。
 
最新作のパートⅢは大地震直後の救命医療という観点で制作されているので、マ、違うドラマなんだよ、と姪っ子中二に話したけど。
 
しかし、パートⅡでタバコをスパスパあらゆる場面で吸っていた江口洋介扮する進藤先生が、今回のパートⅢではタバコを吸うシーンが皆無だったのは、時を感じるなぁ・・・
違和感あった。キャラ設定としての喫煙だろうに・・・
面倒くさい世の中になりましたね。
 
デ。
大規模災害時に起こりうる色々な出来事がエピソードになっているわけであるが、もちろん阪神・淡路大震災時の取材もあるし、おしなべて良くできていると思う。
オモテ側は。
そりゃ、もっとドロドロしたものもあるが、ゴールデンでは描けないわな。
火事場泥棒とか。
 
この番組が始まる前に新潟地震があり、終わる頃に福岡地震があった。
不思議なもんですな。
昨年は台風被害も甚大で、自然災害ということに、みんなが注目した年でもあったわけで。
 
脈略のない文章を書きつづっているけど、書きたいのは、次の一文。
 
インターネットの魅力・可能性・実力うんぬんを旗印にあーだこーだ最近言われているが、大規模震災(直下型)の場合、ライフラインがぼろぼろになるんだから、停電したら自慢のインターネットも無用の長物となるよ。
 
ホリエモン。
 
ってこと。
一週間前の福岡地震の時は、ここは震度4で、たいしたことはなかった。
携帯電話が使えないという現実に直面したが、停電していなかったのでインターネットが活用できた。
 
でも、停電したら、終わり。
パソコンは、ただの鉄の箱になる。
停電していなくても、ADSLの場合、電話線を利用しているので、電柱が被害を受けたりして電話不通になれば、インターネットに接続できない。モデム経由でもできない。
 
光ケーブルはどうだろう。
電柱は電話用のNTTのやつと電線用の電力会社のやつの二種類ある。
これも、電柱が被害を受ければ、ダメダメである。
 
無線LANにしても、自宅まで有線なのであるから同じである。会社やホテルも同じである。結局、ルータまでは有線なのであるから。
 
こういう風に、実はパソコンを経由するインターネット網というのは、震災に弱いのである。とても弱い。
最大の弱点にして、致命的な弱点である。
停電すれば終わり。テレビや冷蔵庫と同じなのである。
 
そして、この停電時の情報遮断というのは、昨年の台風18号来襲で経験済みなのである。
夏だから、まだよかった。寒さ対策しなくてよかったので。
ちゃぶ台にラジオを置いて、大音量で情報を取得していた。みんなラジオを囲んで。家の中での被災者かよ!ってな感じ。実際は、もっと楽観的だったけど。ラジオから台風のピークを知ることができたので、あとどれくらい我慢すればよいかわかったし、台風はもの凄い速度で移動しているので、ほっておいても過ぎ去ってしまうとみんな知っていたから。
上陸すると速度はやくなるし。
まぁ、冷蔵庫が吹っ飛んだ時には、驚いたけど・・・
 
戦争中かよ、と思ったよ。停電しているので灯火管制しているみたいだったし。そういう話は何度も聞いてきたので。
ガソリン満タンの爆弾が大量に落ちてくるわけではなかったが、自然の驚異に為す術無く怯える人間という生き物がいるだけだったね。
格好良く言うと。
 
ラジオ最強!
 
乾電池があればいい。小型で携帯もできる。
震災直後の情報取得は、ライフラインが寸断された場合、ラジオである。
これに勝るものは、ない。
アマチュア無線とかもあるが、これは限られた人しか持っていない(資格必要)。それに、携帯電話の普及とともにアマチュア無線をする人も減少してしまった。
 
乾電池がなくてもいい。
ホームセンターにいけば、発電タイプのラジオ付き携帯ライトが売ってある(最近は太陽電池付きってのもある)。ハンドルが内蔵されていて、規定の回数回せば充電できて、ある時間ライトもラジオも動く仕組みのやつである。
安いよ。
 
脆弱なインターネットを売り物にするホリエモンが最強メディアのラジオ局を買収ってのが、なんかおもしろくてね。
脆弱と最強ってのは、大規模震災での話だけど。
 
おもしろいなぁ、と。
平時でも。有事ならいざ知らず。
 
司令部にいた人はみんな知っているけど、電話には優先権がある。
優先権とは、繋がりやすさってこと。
特に災害時は、回線が混雑して、使える物も使えなくので、ちゃんと決められてある。
 
官公庁や自治体などの公用回線は除くとして(これも災害用の回線があるけど、福岡地震の時はNTT側の機器が壊れちゃって、使えなかったって笑えない話ある。何のための災害用回線だよ!つう話だよね。ガンバレNTT!)、携帯電話や家庭の固定電話、公衆電話があるけど、この中で一番優先度が高いのは、
 
公衆電話
 
これ、覚えていて損はないですよ。
数年前のWCの時、チケット予約でてんやわんやあったでしょう。
その時に、みかかから司令部に転属してきた人に教えて貰った。
公衆電話が優先度高いですよ、固定電話よりもって。
 
携帯電話が普及して、以前あった場所に公衆電話がない!というのは、良く目にするけれど、被災時に電話線が生きていて、自宅以外にいある場合は、公衆電話を探せ!そして連絡をとれ!
 
それでも混雑してるんだろうけど、ね。
NTTが制限かけたりするから。
 
携帯電話の場合、福岡地震では、地震直後に携帯で福岡に連絡しようとしても出来なかったし、携帯メールも送信できなかった。
携帯電話の場合は、基地局にある回線分しか繋がらないから、そりゃそうだろうと。ただでさえ、少ない回線なんだから。
 
でも、携帯経由のインターネット接続は占有率が少ないので有効と、ある情報サイトに書いてあったが、メールはダメだったなぁ。
携帯経由でインターネットには接続していないのよ。パソコンが生きていたし。でも、大災害の時は、接続するんだろうなぁ、画面小さくて見にくいけど。それと情報を得ようとしても、携帯対応のサイトじゃないと意味ないしなぁ。
フレームを使用したサイトとかだと、ダメだし。
 
今後は、このあたりが改善の余地ありだな。
 
と、まぁ、救命病棟24時の話から地震での情報取得の話になったけど、最後はマエストロ軍曹の話でおわる。
 
今日、マエストロ軍曹の机が来た。
来月から少尉として小学校に行くために買って貰ったのだ。
 
ところが、椅子がおかしい。
油圧か圧縮空気かわからないが、高さを調節するレバーがあり、それを操作する部分にプラスチックのハンドルが付いている。
このハンドルを持ってレバーを下げると、椅子の高さが低くなるという仕組みだ。
 
やってみた。
確かに低くなる。
低くなるのと同時にレバーについていたプラスチックハンドルが飛ぶ(笑)
 
そういう仕様なのか?
飛んでいったぞ。
 
飛んでいったプラスチックハンドルを見る。レバーは鉄製で、その先端にはめ込む穴があるんだけど、雑な削り方である。
 
ははーん、初期不良だな。
交換だよ交換。マエストロ軍曹の祖母である母が「もう連絡した。そろそろ来るはずだから」と言う。
 
見てみないとわからないと言っていたそうだが、それはキケンだ。
うちの母を知らなすぎる・・・
対応をまかり間違えば、あんたんとこの一番偉い人が菓子折もって頭下げに来なきゃいけなるなるのに・・・などと思った。
 
結局、交換品を持ってきた(笑)
正解だよ、君たち。
 
マエストロ軍曹は、さっそく公文式の宿題をやっていた。
 
この机で10時間勉強しろよな、尉官の次は佐官で将官まであるから。
マエストロ軍曹は、うれしそうな顔をしていた。


 

愛の応援歌

 2005-03-26(土)
メールにしようか、コメントにしようか迷ったが、トラックバックをすることにした。
衛生兵0号の最新ブログのエントリー(記事)に対して。
 
リスペクトしている文豪が、かつて、こう書いた。
 
・・・かくして、円は閉じられた。
 
大きい、小さいに関わらず、人は円を描いている。
仕事であったり、恋愛であったり、趣味であったりと、それは千差万別ありとあらゆることであるわけだが、人は、円を描いている。
 
恋愛であれば、結婚という区切りで円は閉じられ、当時に新しい円を描き始める。
別れという円の閉じ方もある。
 
趣味であれば、模型を作り始めると同時に円を描き、完成することによって円を閉じるということもある。
 
仕事であれば、ひとつのプロジェクトが完了すると円は閉じられ、また新たな円を描き始める。
職場を変わることも同様である。
 
かくして、衛生兵0号の描いてきたひとつの円は、ここに閉じられた。
それが、どれくらいの大きさで、どれくらいの濃さで、どれくらいの深さであるかは、衛生兵0号のみぞ知る、である。
それでも、円は閉じられた。
そして、新しい円を描き始めている。
 
円を描き始めるには、いい季節ではないか。
春・・・なので、ある。
 
無限のキャンパスに、壮大な円を描くとよい。
途中、曲がってもいいのである。
細くなったり太くなったりしてもいいのである。
己で円を閉じることが、大事なのである。
 
これから、まだまだ、たくさんの円を描いてゆかなければならないのだから。
 
お疲れ様。
そして、頑張ろう。
 
まずは、トイレに行って、そして、眠れ。


愛の応援歌 の続きを読む

愛のイラン戦

 2005-03-25(金)
同点に追いついたとき、絶叫した。
姪っ子中二が、先に声を上げた。
 
このままでいいぞ、勝ち点1はもらえる。
と思いながら、借りてきた「タイガー&ドラゴン」のDVDを観るため部屋を出た。
 
しばらくすると、姪っ子中二の絶叫が聞こえた。
「入れられちゃったぁ・・・」
 
ドーナッツが急に食べたくなり、姪っ子中二も食べたいというので買いに出た。
帰ってくると、ちょうどジーコのインタビューだった。
画面の右上に、小さく「日本イランに敗戦」とあった。
 
とてもかなしい。


愛のなごり雪

 2005-03-24(木)
明日の予報は、雪。

・・・雪。

寒いよ。雪だと。
テレビでは地震速報。余震ばっかり。
こちらでは感じないんだけど。

春は何処へ?


愛の司令部昔話

 2005-03-23(水)
衛生兵0号の、このお話で思い出した。
 
0号のお話は、踊りに行った衛生兵0号が飲んで踊って気持ち悪くなったお話である。リンク先読めば早いけど。
 
以下は、0号のそのお話の行間の話である。
 
衛生兵2号から携帯に電話がかかってきた。
遅い時間だ。
なんだろうと思いとると「0号が大変です。いま駅のホームなんですが、ちょっと困ったことになりました」と、日頃マイペースな2号が、かなり焦った口調で話してくる。
 
「どうした?」
「今日、飲みに行ったんですが、0号が飲んでは踊り飲んでは踊りしていたら、もう立てないくらいやばくなりました。ゲロ吐きさんで動けないです!」
 
電車で帰れなくなったみたいである。
どうしようもなくなって、2号は助けを求めるために携帯に電話してきたのである。
 
当時、横浜に住んでいた。2階には団長も住んでいた。
都内まで行くのに、電車にしろ団長の車にしろ時間がかかる。
もしかしたら、あの酒が強い0号がそういう状態なので急性アルコール中毒になっているかもしれない。
色んなケースを一瞬で考えた。
 
それに2号は「こんな0号は、はじめて見ました」と言っているくらいである。
2号も大学生活をおくった女である。飲み会の100や200はこなして、気分が悪くなった友人とか、いやというほど見たり介護をやってきていたりしている。
その2号が「どうしたらいいですか?」ときいてくる。
 
0号の状態が心配だったので状況を確認することと、2号を安心させることの2つを優先事項とした。
最悪、ホームにいるなら駅員に助けを求め、その間に私は現場に行ける。
 
まず、2号にこう聞いた。
「死にそうか?0号は。おまえが今まで飲み会で見てきたつぶれた友人よりひどいか?」
「いえ、休ませれば大丈夫と思います。ただ、私ひとりでは、寮まで連れて行けないと思います」
2号の見た目では、酒に潰れた程度ということらしい。
飲み会の場数を踏んでいる2号の見立てである、まず間違いない。
ただし、急性アルコール中毒ってせんもあるので、0号の状態を常に観察していろと言う。
 
次に、2号にこう聞いた。
「おまえら二人だけか?」
そうなると、色んな意味で最後まで面倒を見なければいけないと思った。
負傷兵をかかえているようなもんである。戦力は2でも1でもなく、0.5になる。2人いて、1人動けないから戦力は1と思われるが、実は、その動けない1人に対処しているので、使える戦力はよくて半分の0.5なのである。
 
「いいえ、違います」
と意外な答えが返ってきた。
誰だろう。これが男なら助かるのだが、と思い「誰がいるんだ?」と聞いた。
 
「○○さんと△△さんです」
「なんだ、今日合コンだったのか」
両方とも知った人で、かつひとりは、かつで過酷な赤坂分遣隊時代に団長や私と苦楽をともにした仲間である。
 
「○○君がいるんだね?」
「そうです」
「じゃあ、大丈夫だ。彼がいるなら大丈夫、安心しろ2号」
 
電車には乗らず、タクシーを捕まえて0号を連れて帰ること。
○○君には、手配が付くまでフォローしてもらうこと。心配なら寮まで同乗してもらうこと。などを指示したはず。
それでもダメだったり、途中で問題があれば私にすぐ連絡すること。
とも言ったはず。
 
この前後の話もあるが、もちろん書けるわけなく、これはこれで一件落着である。
 
後にも先にも、あんなに不安そうな2号は、その時だけである。
本当に心配していたんだと思う。
 
そして、これを思い出しながら書いている俺は、ああ実は2号との電話のやりとり以外記憶が曖昧だなぁとか思っていて、ええい脚色しちゃえ!と思っていたりする・・・
 
司令部の人間は知っているが、私の話は7割がウソである。
でも、残り3割は・・・作り話だから。
 
そして、翌日0号が午前中いなかった本当の理由を知るのは、2号と私以外にいなかった・・・はず。
 
やがて○○君と0号は付き合いだし、数々の伝説となるネタを披露していくのである。
 
数年後、めでたく結婚するわけであるが・・・
ささやかなSaizeriyan関係者のお祝いは、新宿で2号幹事のもとに行われた。
 
この話も、今となっては笑い話のネタである・・・
 
伝説の一部は、衛生兵0号自身が、小出しに書いてくれるでしょう。
リンク先の「衛生兵0号のきりたんぽ」に・・・


愛の地震 その4

 2005-03-20(日)
地震の時、どんな状況だったか聞いてみた。
 
■マエストロ軍曹の場合
 
二階でテレビゲーム中。
 
「あんね、誰か来たけん、誰だろうっと思って階段に行った」
マエストロ軍曹は二階にいた。
「ピンポーンって鳴ったのか?」
「ううん。ガラガラって音が聞こえたけん」
「それで」
「階段を3段くらい下りて下を見たと。きみこおばちゃんだった。何か持ってきたみたいだけん、なんだろうって覗いたと」
「うん」
「トマトだった。トマトかぁと思ったら揺れた」
「そうか。地震ってわかったか?」
「ばあちゃんが地震!地震!って言ったけん、わかった」
「それからどうした?」
「あわわわわわわわって階段下りたったい」
と両手で手すりを掴む真似をしてみせた。
「こっちの部屋に誰かおらんとかなぁと見たら、おねぇちゃんとおっちゃんがおった」
「ああ、廊下側から来たときだな。そんで俺が、早くこっちに来い!って呼んだんだよな」
「うん」
 
ってな具合。
姪っ子中二に聞くと、地震直後、祖母である母が「じーちゃん!じーちゃん!」と叫んでいたらしい。
 
■姪っ子小二の場合
 
勉強部屋で宿題中。
 
「ばあちゃんが、お客さんが来たけん部屋から出ていって、ひとりで宿題の漢字ドリルしてた」
「地震ってわかった?」
「誰か転んだと思った。でも、ずっと続いたので地震と思った」
「誰か転んだ?おまえは凄いよ、マイペースで」
「それで椅子から降りて、ちゃんと机の下に椅子を直して、ばーちゃんのとこに行った」
「マエストロ軍曹が言ってたな「こっちに来なさい、来なさい」って姪っ子小二に言ってたって」
「うん」
「揺れが収まってそっちの部屋に行った」
 
てな具合。
 
■姪っ子中二の場合
 
爆睡中(「愛の地震 その2」に書いた食事中は勘違いだった)
 
寝ていた姪っ子中二は、揺れと祖母の「じーちゃん!じーちゃん!」という声で目が覚めたらしい。
地震ということで起きあがったら、叔父である私が戸を開けて手をさしのべた。
物が落ちてくる可能性があるテレビ台から離れて状況を見守った。
あとは、その2に書いたとおりである。その時から一緒だったので、状況も一緒。
マエストロ軍曹がきて、揺れが収まるのを待った。
 
揺れが収まったあと、電灯だけが不気味に揺れていたのは印象的だった。
 
ってな具合。
 
一番危なかったのは、階段の途中にいたマエストロ軍曹だった。


愛の地震 その3

 2005-03-20(日)
死亡者1名出ましたな。
残念だ。
 
負傷者も増えている。
 
テレビでは、ワンピースやってる。
マラッカ海峡で海賊に襲撃された事件は、いまいずこ・・・
 

 

愛の地震 その2

 2005-03-20(日)
まず、被災地にお見舞い申し上げます。
 
 
以下、我が家のドキュメント。
 
震度4と震度6弱の差は大きい。
とても大きい。
福岡は震度6弱だったが、こちらは震度4だった。
 
昨夜も本を読んでいたので、まだ布団に入っていた。
不思議なことに目は覚めていて、天井を見ていた。
 
誰かに揺さぶられるような、そんな揺れが一番最初だった。
すぐに地震とわかった。
姪っ子中二は、起きていて遅めの食事をしていたらしく、
「地震!」と叫んだ。
「ああ、トラックが近くを通っているみたいだな」とだけ会話。
 
揺れが終わらない。
軽くというか、段々と揺れが強くなってきているようだ。
遠くの部屋から祖母が姪っ子小二に何か話している声が聞こえた。
今日は日曜日だが、義兄も姉も仕事でいない。
祖父は風邪のまま、というのを思い出した。
ほんの数秒の間のこと。
 
揺れはまだ続いている。
姪っ子中二が「まだ揺れてる」と怯えた声を出す。
布団から跳ね起きると、姪っ子中二の方に向かった。
耳を澄ます。
建物が揺れる、地震時独特の嫌な音だけが聞こえる。
姪っ子中二が手を伸ばしてきたので、しっかりと握る。
「大丈夫だ」と声もかける。
 
物が倒れてきた場合を考え、空間のある方へ移動する。
その間も、まだ揺れ続けている。
「長く揺れているけど、強さはたいしたことはない。直下型でもない」
と姪っ子中二に言う。
マエストロ軍曹が廊下側からひょっこり顔を出す。
「早くこっちに来い!」
左手に姪っ子中二、右手にマエストロ軍曹を抱えるようにして仁王立ち。
心の中で、これ以上揺れが強くならないことを祈る。
 
まだ揺れている。
でも、この時は、震源地は、この辺りではないなと感じていた。
震源地付近は、福岡寄りの北か鹿児島よりの南か、どちら側と漠然と考え、母は孫である姪っ子小二と一緒なんで大丈夫だろうと思っていた。
 
揺れが収まらないと、どうにもできないな、と。
 
怖がってはいたが、姪っ子中二もマエストロ軍曹も泣き叫ぶようなことはなく、しっかりと手を握っていた。
姪っ子中二はマエストロ軍曹の手も、しっかり握っていた。
 
テレビ台は大きい奴である。その上には神棚もあったりする。
テレビ台自体の上にも、色々と小物が置いてあり、地震一発で倒れちゃうなと笑いながらよく話していた。
 
何一つ、倒れなかった。
電灯が、揺れが収まった後も、左右前後に揺れていただけ。
それだけが、地震があったことを示す残像である。
 
揺れは収まった。
 
姪っ子中二にマエストロ軍曹をまかせ、姪っ子小二を確認する。
停電もしていなかったので、NHKを付けろと姪っ子中二に指示する。
 
祖母と姪っ子小二が現れた。
ちょうど隣のおばさんが、トマトを持ってきてくれていた途中で揺れたそうで、母である姪っ子小二の祖母は、少し興奮した感じで話していた。
 
つうか、隣のおばさん(もうおばあちゃんだけど)は、そのまま帰ったのか?揺れている最中に。さすが!きみこおばちゃん!
 
姪っ子小二は、風邪で休んでいた時にたまった、大量の宿題を前に朝から机と格闘中であった。地震がきても、宿題が全然減らないのに苦戦していた様子。
 
これが、震度4である。
 
20秒くらいは揺れが続いたが、ガラスが割れるでもなく、停電するでもなく、断水するでもなく、ライフラインは無事で、ちょっと強い揺れだったなぁと回顧できる震度である。
 
マエストロ軍曹は、姪っ子中二に抱きつくような格好で、軽く怯えていたみたいだが、それを姉の姪っ子中二に指摘されると「そんなことない」と強がる余裕もある。
 
NHKでは、さっそく地震速報。ピンポンパンポンという、緊急放送の合図とともに。この合図は、精神的に好きではない。訓練ではない、本当の緊急放送の合図音だから・・・
 
NHK地震速報をみんなで見た。
一番最初の速報は、直後ということもあり、情報が交錯して、おもしろいといえば大変おもしろい放送である。
「現場から電話が繋がっています、もしもし」とアナウンサー。
横からディレクターの声で「ない、ない」と聞こえる。
「切れたみたいです・・・本日午前10時55分頃強い地震が・・・」と何事もなかったように続けるアナウンサー。
 
テレビ画面の地震速報を見て、震源地が福岡県と知る。
福岡か。
すぐに携帯を取り出し電話をかける。
繋がらない。
携帯メールもダメである。
これだけ普及してしまった携帯電話は、緊急時には使えない。
阪神大震災時とは時代が違ってしまっている。
 
携帯は、緊急時には使えないのだ。
 
キャリアの規制もあるだろう。
NTTの固定電話は、どうだろう。
地震直後からNTTの固定電話は鳴り放しだった。
 
姉や義兄からである。
関西の親戚からである。
震源地から離れていたということもあるが、NTT固定電話は地震直後から問題なく使えた。
 
停電していなかったので、立ち上げっぱなしのパソコンに向かう。
気持ちいいくらいにネットに繋がる。
色々な地震情報を見て回る。
災害情報サイトや気象庁のサイトなどお気に入りに登録してあるのだ。
 
ついでに2ちゃんねるの地震速報板も見る。
 
地震キター━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!
 
の連発である・・・ 
まだ、余裕があるのだ。
何もわかっていない状況なのだ。
 
必要な人にメールを送る。
 
余震が心配だったが、我が家の地方では、その後体感できる余震はなかった。ニュースでは、アナウンサーが「余震に注意してください」と言っている。
「いま、揺れています。スタジオも揺れています」とリアルな余震実況があったりもしたが、こちらでは余震は感じなかった。
 
テレビ画面からは、続々と震源地に近いとこの映像が流れる。
新潟地震ほどではないと実感した。
津波注意報が出たので、島は心配だったが、震度以上に被害は少ないだろうと、感じた。
これは甘いかもしれないが、地震長後は、そう感じたのだ。
 
福岡市内は大丈夫だ。と納得する。
鉄筋のマンションなら大丈夫だと。
ガラスが散乱した映像が放映されていたが、あれだけの都市部のこと、これだけ直近に地震があって対策もされているので、甚大な被災があれば、即報道されるはずだ、と。
自衛隊への出動要請も早い段階であったし。
その後の報道でも、そのときの直感があたったと認識できた。
 
とにかくテレビは地震だらけである。
それも、地震があったという情報以外にこれといった情報がないので、同じ内容の繰り返し。リピート。ループである。
それでも見てしまう。
ラジオも付けていた。いつ停電になるかわからないからだ。
 
仏壇の横にある緊急グッズ入れも身近に置いた。
飲料水も断水を考慮し、確保した。
ペットボトルのお茶など買いだめしているのである。それを集めた。
プロパンガスも大丈夫だった。地方なので都市ガスでなく、プロパンガスである。
プロパンガスのメーターは地震探知安全装置が装着されていて、規定の震度を感じるとガスの供給をストップする仕様である。
 
トイレに姪っ子甥っ子達を行かせた。
特に姪っ子小二は体が不自由なので一番最初に行かせた。
最悪、うちには広い庭がある。簡易トイレなど幾らでも作ることが出来るので、この件はなにも心配していなかった。
先日、姪っ子中二とトイレットペーパーを32ロール買ったばかりでもあるし。
 
時間は、あっという間に過ぎる。
もう昼前である。
ひととおり安全確認もし、余裕を持ってテレビを見入っていた。
腹が減っては戦は出来ぬ、の格言とおり、昼になると腹が減った。
姪っ子中二に作らせる。材料と簡単なレシピを教え、あとはお前がやれと言い放った。
「おれは、右手を怪我してるじゃん」と。
「私は早く良くなって欲しい、その親指」と姪っ子中二。
結局、最後の最後で仕上げを担当・・・
 
震度4。
これは助かった。
これが震度6弱、震度5でも状況が随分と変わったはずである。
家の物が倒れるだけで、姪っ子小二には致命傷になる。
震度4でよかった。
これは姪っ子小二の祖父である父が、姪っ子小二に言った言葉である。
 
夕方になり、被害状況が段々と判明してきている。
死者はいないようだ。
それでも負傷者100名超えると報道されている。
地震の被災状況は、だんだんと増えていく嫌な広がり方をする。
予断は禁物だが、これで済んだと思った方がいいのだろう。
 
震度4で助かった。
これが本音である。
 
マエストロ軍曹。
地震直前、おきゃくさん(隣のおばちゃん)が来たので、二階から様子を見ようと階段まで出てきたところで地震に遭遇。揺れがひどくなかったので、階段の手すりに掴まりながら下りてきたそうだ。
これも震度4のおかげ。
まかり間違えば、階段から放り出されていたと思うとぞっとした。
 
体の悪い姪っ子小二がいるため、至る所に手すりがある。
階段、トイレ、玄関等・・・
マエストロ軍曹にも役にたったみたいです。
 
長々となりましたが、とりあえず以上。
 
 
 

愛の地震

 2005-03-20(日)
めっちゃ揺れた━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!

11:23現在、全員無事。

取り急ぎ、以上。
携帯も携帯メールも不通だ。


愛の卒園式

 2005-03-19(土)
今日、マエストロ軍曹が幼稚園を卒園した。
小春日和な晴天に恵まれ、少し風は冷たいが、それでも春爛漫な日であった。

祖父が送っていく予定だったが、姪っ子小二に始まる風邪が移りダウン中。急遽、小生が送っていくことになった。
昨夜は、久しぶりに購入した本を読んでいたので一睡もしていないんだが・・・

マエストロ軍曹は、4年間幼稚園に通った。
普通は3年間である。年少組、年中組、年長組と4、5、6歳で。
ただ、姪っ子小二のような体に障害を持つ子供を受け入れてくれる幼稚園だったので、マエストロ軍曹も3歳から姪っ子小二と通った。姉弟一緒の方が何かといいだろうということで。

なので、年少組を2年やっている。
運動会も4回経験している。
最初の年少組時の運動会では、1歳年上のお友達との競争だったので悔しい思いをしたらしいが、次の年からは断トツだった。

デ。
卒園式での、卒園証書授与の順番は幼稚園在園の古い順からということで、マエストロ軍曹は一番手ということ。

なんちゃって首席である。

一番手は、卒園証書を全部読んでくれる。二番手以降は「以下、同文」である。
名前を呼ばれると返事をして待つわけであるが、マエストロ軍曹に手順を聞いた。

「卒園証書を貰う時は、どうするんだ?」
「お名前を呼ばれるから、ハイ!と返事して、その時お手々は上げないの、園長先生のとこに行くんだよ」
「ハイ!と返事するのか?」
「うん」
「返事は『ハイ』だろ。誰に対しても『うん』なんて言うな」
「ハイ」
「じゃあ、呼ばれたらボケろ。『ハイ』だけじゃなくて『ハイ!ハイ!ハイハイハイ!あるある探検隊あるある探検隊』ってやってみろ」
「ええぇぇぇぇぇ」
「なんだ、出来ないのか?」
「人がたくさんいるんだよ」
「アホか。人がたくさんいるからやるんじゃねぇか。誰もいなかったら、やんないよ」
「・・・」
「じゃあ、卒園証書もらったら、後ろを振り向いて万歳三唱をやってみろ」
「万歳は運動会の時にやるんだよ・・・」
「なんだよ、ボケる気ないのかよ。一世一代の一発勝負の日だぞ、今日は」

などと話、送っていった。
お昼には終わったので、迎えに行った。

「マエストロ軍曹、ちゃんとやったか?」と聞くと下を向いた。
どうやら、ハイ!ハイ!ハイハイハイ!とは言えなかったようだ。
ここでやらないでどうするマエストロ軍曹。

あとでビデオを見せて貰ったが、大きな声でハイ!と言っていた。
つくづく惜しいことをしたと思う・・・

そんな春の土曜日でした。

マエストロ軍曹は、4月からマエストロ少尉になる。
入学式では、一発やってもらいたいものである。


今日、誕生日の人。
ハッピーバースデイ!



愛の親指負傷 その後

 2005-03-18(金)
昨日の日誌では、なんともグロい画像付きで親指負傷の件を報告したわけだけど、自分で見ても気持ち悪い・・・。

じゃ、載せるなよ!なんて言わないで。
昨日は、おもしろかったのよ。自分的に。
久しぶりに怪我した~!って。

それに、それほど痛くないのよ。
これは、分析してみた。

爪を切るときは、けっこう深爪っぽく切る。
少しでも爪が伸びると、切る。
なので、爪に対してはマメな方である。
これは、そういう性分と思われる。

デ。
深爪っぽく毎回爪を切るので、指先の皮が発達した。
これ、極度の深爪の人って、指先の皮が爪を覆うくらいになるらしい。
ガ。
そこまでは、ない。
でも、指先の皮は、けっこう厚くなっていた。

これに助けられたみたい。
切り取られた皮をみても、けっこうな厚さがあった。
今日、ガーゼを取り替える時に傷口を確かめてみた。
取るときが大変だった。
血が固まってガーゼがはがれないのよ・・・
ぬるま湯を流しながら、固まった血を溶かしながらガーゼを取ったけど。

血は止まってて、普通の切り傷。よく見ると、皮がやはり厚い。
中心部が少し深いくらい。でも、全然たいしたことはない。
こんなもんだよな、と納得。

あの画像の見た目より、全然軽傷。
血が流れているので、ひどく見えただけである。

でも、親指負傷は不便だ。
指先だから、注意していても傷口をチョコンって当てちゃう。
痛いよね。どんな切り傷でも。傷口にあたると。
それが、しょっちゅう。
カサブタに当たっても痛いでしょ。あれです。

そう考えると、子供を産む女性は偉大だと、改めてリスペクトした。

死神皇帝が以前話していた。
死神皇后が足の指がはがれるくらいの怪我をした。
慌てた死神皇帝は「大丈夫か!」と心配した。
それに対して、死神皇后は「出産に比べれば、こんなのたいしたことはない。」と一喝。
出産というのは、いったいどれくらい壮絶で尊厳のあるものなのだ!と思ったらしい。

男には永遠にわからない神秘の世界です。
この一点だけでも、男は一生、女にかないません。

なお衛生兵への連絡は続きに書く。


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愛のヤキソバ流血大作戦

 2005-03-17(木)
姪っ子中二、姪っ子小二、マエストロ軍曹のために、ヤキソバを作った。
今回はイカとエビ入りのシーフードヤキソバである。もちろん、豚バラも入っている。
野菜はキャベツだけ。他の野菜は無駄な水分が出るから却下。
 
んで、完成品がこれである。
青のりたっぷりで香り豊かなシーフードヤキソバの出来上がり!
 シーフード焼きそば

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
デ。
事件は、キャベツを千切りにしている時に起こった。
 
指切ったのよ。親指
もう、親指の先っぽが凹な形になってしまった・・・
 
珍しい出来事である。
めったに包丁を使って指を傷つけることがないのである。
それが、グサリと、いった。
 
チクっとしたので、「痛っ!」と指をすぐ口に入れた。
血の味がしたので、ちょっと皮を切ったかなと思って見てみると、
形が変。
とても、変。
やっぱり、変!
 
えぐれてるぅ~。
 
スパっと切り取られてるぅ~。
 
親指の先っぽだったんで、皮が厚い。だから、傷は深めだけど、そんなにひどくない。
なんという中途半端な傷なんだ。
でも、血がどんどん流れてくる。
 
生理か!
 
ちょっとピンボケ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
(わざとピンボケの画像を使っている)
 
とりあえず口で吸って、唾と一緒に吐くを繰り返していた。
んで、なんかおもしろかったので傷口をまじまじと見つめた。
 
姪っ子中二に「携帯もってこい!」と言って、撮影開始。
「どうしたの?」と聞く姪っ子中二に「これ見てみろ」と指先を出す。
 
「いや~」と逃げまどう姪っ子中二。こいつは、こういうのダメである。
姪っ子小二もいたので、見せたら「どうしたの?なんでこうなったの?」とわりかし平気な様子。やはりマイペースだ。
 
姉が傷口を見て、これは縫えない傷だから止血だけしとくと言った。
救急箱からガーゼやらなにやらとりだしてセッティング。
途中で思い出したように「母に見せよう」と言いだし、呼びに行く始末。
母も姪っ子中二と同じで、こういうのが弱い。
あんなに強烈な個性の母だが、こういうのは弱い。
 
「どうした?」と言いながら、視線は姉の方。
傷口見ろよ、と思いながら顔の前に出すが、「どんな具合?」と姉を見ながら言う。
姉は爆笑している。
 
ティッシュで傷口を押さえていたのだが、血が指に垂れてきたので、一度交換した。けっこう出るもんだなぁと感心する。
 
作り物みたいな感じである。
傷が、見た目より痛くないってのもある。
いい色してるなぁ、俺の血は、などと思ったりする。
 
千切りのキャベツは姉が引き継ぎ、応急処置を終えて交代した。
ああ、もう親指使えないんで不便だぁと言いながら6人前のヤキソバを作った。
応急処置後の画像がこれ。
 応急処置1応急処置2

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とりあえず、ガーゼ等でぐるぐる巻き。
キノコみたいと姪っ子中二。
 
親指は、ものを掴む基本となる指である。人差し指から小指までの4本の指がなくても、親指1本あれば、ものを掴むことができる。
逆に、親指がないと、他の4本の指があっても、ものをつかむことができない。
そういう作りになっているのである。人間の手の平というものは。
 
試しに親指を使わずにものを掴んでみるとよろしい。
不可能に近いことがわかるから。
 
デ。冒頭のヤキソバに戻るわけである。
シーフードヤキソバ。途中出血あり。
切れた親指の皮は、無造作にまな板の上にあった。
けっこう綺麗に切れている。
 まな板上の親指の皮

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
指先に乗せてみた。中心が白っぽくなっているけど、皮下脂肪かなんかと思う。親指側のこの部分から、血がどばっと流れていた。
指の上の親指の皮
親指の皮

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
んで、包丁と切りかけのキャベツの画像がこれ。
包丁とキャベツ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
実は、もっと傷の画像はある。
はっきりいってグロい!
 
鮮血が鮮やかに写っている。
傷口も。はっきり凹型である。
 
見たい人は、「続き」をクリック。
でも、気分悪くなっても一切責任取りません。
 
なんか、偽物みたいに見えるんだよね。
血の色とか。
映画の見過ぎかも・・・


  

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愛のビデオデッキ

 2005-03-16(水)
ビデオテープがビデオデッキから取り出せなくなった。
と、姪っ子中二が泣きついてきた。
 
「たまには自分でやってみろ!」と突っぱねてみた。
何やらゴソゴソと始めた。
しばらくして、「ドライバーは?」と聞いてきた。
「工具箱の中、仏壇の横」と答えた。
何故か、仏壇の横に工具箱を置いている。
 
姪っ子中二は孤軍奮闘していてが、二進も三進もいかなくなったとみえ、ギブ宣言をして助けを求めてきた。
 
ビデオデッキのカバーは取り外され、機械むき出しのまま。
この状態でどうせいっちゅうんじゃ。
仕方がないので、その状態のまま引き継いだ。
 
どうもテープ自体がおかしいようだ。うまく噛んでいない。以前にも同じ症状があったので、その時の記憶を頼りにやってみた。
よくわからないが、なんかうまくいった。ビデオテープは取り出せた。
 
試しに違うビデオテープを入れてみた。うまく排出できる。さらに、さきほどのビデオテープを入れてみた。出てこない・・・ノー!
せっかく取り出せたというのに・・・また、最初から・・・
 
でも、同じことやったら取り出せた。
どうやら、ビデオテープの初期不良が原因のようである。
 
「このビデオテープは使っちゃダメ。廃棄処分」と姪っ子中二に言い聞かせてバトンタッチ。「またカバー付けて、配線も元通りにすること」
 
ごそごそとやっていたが「テレビが映らない」と言ってきた。
アンテナケーブルや映像ケーブル、音声ケーブルを見ても間違った配線はしていないようである。
「同じように付けた」という。
確かに、同じである。
でも、テレビには何も映らない。アンテナがいかれたかと思い、同じアンテナケーブルから分岐してパソコンに繋いでいるので、パソコン側でテレビを見てみた。
ちゃんと映る。アンテナは生きているようだ。
 
もしかして!と思った。
「おまえ、強引にアンテナケーブル押し込んだんじゃねぇだろうな」
「抜くときは堅かったから力入れたけど、入れる時はわかんない」
と言う。
 
アンテナケーブルのコンセントプラグを見てみた。
ビンゴ!
コンセントプラグの芯が見事にへし曲がっていた。
 
TVコンセントプラグ
曲がったプラグの芯

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これでは、アンテナからの信号を受信できるわけがない。
「見てみろ!こんなんなってる!コレが原因」
「どうしよう。もう見れない?」
「忘れたのか?おれはなんでも持ってるんだぞ」
パソコンへのアンテナケーブル分岐は自分で工作したので、その際予備で買っていたコンセントプラグがあった。
 
「よく見ておけ。そして、次は自分でやれ」とラジオペンチを工具箱から取り出し、アンテナケーブルへのコンセントプラグ装着を教える。
 
「アンテナケーブルのコンセントプラグは一芯だから、デリケートに扱わなければならない。なんでも同じだ。物は大事に扱え」と軽く説教。
 
「おまえは、雑なところがある。いい女になるには、雑は敵だ。まめすぎる女もウザいが、雑ということは優しさが足りないと思われる。覚えておけ」
と全然関係ない話でしめた。
 
姉二人がいるマエストロ軍曹は、まめだ。もう少し雑でいいと言うが、姉二人がいるからしょうがないか。
なかなか、うまくいかないのが人生だ。
 
そして俺は、まめさと雑さが極端すぎる。
と、♀によく言われる。


愛の白梅

 2005-03-15(火)
庭に梅の木がある。
紅梅を咲かす、ずいぶんと昔からある梅の木である。

子供の頃の記憶と言えば、この梅の木に繁殖した毛虫を、灯油を浸した布きれに火を付け、竹の先にくくりつけて駆除したこととか、青大将がくたびれた様子で木の幹にいるのを手製のパチンコで撃っていたことなどである。

今年も花を咲かせた。
そういう季節なのだ。

白梅。

・・・白梅?

紅梅だったような・・・

母に聞くと、あの思い出のある紅梅は死んでしまったとのこと。
その横に白梅の木を植えたら、紅梅の幹にそって枝を伸ばしたため、ちょっと見ただけでは二本の梅の木があるとはわからないようになっているそうだ。

よくみると、確かに記憶にある紅梅の木に沿うように、もう一本の梅の木の幹がある。
こいつが、花を咲かせているのである。

白梅である。

平家物語である。栄枯盛衰である。
時は流れているのである。
生きとし生けるものは、いつか必ず死ぬのである。

紅でも白でもどちらでもいいのである。
今年も花を咲かせた。
これが、大事なのである。

命の春、である。


愛の腰痛2

 2005-03-12(土)
鼻水、涙目、関節痛、頭痛、そして腰痛・・・

風邪だ。風邪に違いない。
最悪だ。

耳の奥が痛い・・・
息が苦しい・・・鼻詰まっているから・・・
フラフラしてる・・・頭痛に腰痛に関節痛だから・・・

負けないぞ。


愛の腰痛

 2005-03-11(金)
クシャミをしたら、腰にきた。

数日前から、腰に違和感があって、こりゃぁ気をつけないと、腰を痛めるなぁと感じていた。

体中爆弾つうか古傷があって、腰も、そう。
右膝、右足首、左拳、腰・・・もういたるところに、ある。
長い付き合いの古傷たちである。
歴戦の古傷たちである。

デ。
ペペロンチーノを作っていたら、鼻水が垂れてきて、クシャミをしたら、腰にきたのである。
大した痛みではないけれど、これをほっとくと、ペキンっと激痛が襲うことはわかっている。

クシャミする時も、腹筋に力を入れて、腰を少し丸めて負担がかからないようにした。おかげで腰への負担は分散できたと思う。

しかし。
まったく。
で、ある。

違和感が消えるまで、数日気をつけようっと。

愛の衛生兵0号のきりたんぽ

 2005-03-10(木)
結局、衛生兵0号のきりたんぽについて書くことにした。
 
実は、愛の男の小道具 その2 と題して、長文を画像付きで書いていたのであるが、0号のブログがおもしろいので途中で書く気失せて読み込んでしまった。だから、次回以降にとっておく。
 
衛生兵0号のきりたんぽとは、0号プレゼンツのブログである。
こそっと、この幕僚日誌Ⅲの「リンク」にリンクされていたりする。
COMMON室では大々的にリンクされていたりする。
 
最近のスキーに行った話が爆笑もんである。
会ったこともない姪っ子中二が、大笑いしてたから。
 
「さぁ!って言ったの?卓球してるとき、さぁ!って」
「ああ、書いてなかったけど、たぶんガッツポーズもしたはずだ」
てな会話を姪っ子中二とした(笑)
 
それもこれも0号の爆笑スキー旅日記のおかげ。
三連作の大作である。
お読み下さい。
 
スキーはやっぱり楽しいのだ!【往路】
やっぱりスキーは楽しいのだ!【inスキー場】
やっぱりスキーは楽しいのだ!【宿と料理編】
 
こんなに爆笑したのは、死神皇帝の日記以来かもしれん。
(スキーのタイトルが微妙に1作目と2,3作目が違うのは、ご愛敬)
 
最近忙しくて、なかなか書けていないようだけど、死神皇帝の文体も秀逸で、けっこうシニカルな笑いができる。
 
ずっと前の、この「拾いものについて・・・」などがそう。
 
みんな、話がうまい。

愛の幕僚日誌

 2005-03-09(水)
このブログ形式の幕僚日誌はパートⅢである。
以前のバージョン(CGIタイプ)はパートⅡだった。
初代は、直接HTMLに書いていた。

2000年9月から書いている。
もちろん、書いていない時期もあるし、書いていても数日おきとか数ヶ月おきとかあるけれど、2000年9月から書いている。

読み返すと、おもしろいね。
自画自賛!
司令部時代の話とか、全然関係ない話とか・・・

個人的には、おしっこの話が名文と思っている。
でも、けっこう重複した話書いているんだよね・・・

まだ初代、パートⅡともに、web上に公開している。

今日は東京大空襲の日。続きに。

2005.03.10追記
東京大空襲って0309でなく、0310だったみたい・・・

愛の幕僚日誌 の続きを読む

愛の男の小道具 その1

 2005-03-08(火)
3月4日の日誌に「愛のウェンガーナイフ」と題して、愛用の時計とツールナイフのことを書いたけど、その他の小道具について、ちと書いてみる。
 
だいたい、その日誌は愛情込めて、もう溢れんばかりの愛をたくさんたくさん気合いを入れて書いたのだが、ブラウザが死亡して跡形もなく消えてしまったのよ。
 
もう二度と書けないね。
下書きとかするわけではないので。
 
まず、ヴィクトリノックスのクラシックを付けているキーホルダー。
これ、KEY-BAKを使っている。
 
KEY-BAKと仲間達

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 1949年から半世紀以上もベストセラーなアイテム。
模倣品、ばちもん、バッタもん、偽物、コピー品など、ありとあらゆる亜流商品が出たので、一度くらい、この形を見たことはあると思われる。
 
純正品は、さすがアメちゃん。頑丈である。けっこう無理な使い方をしているが、どうもならない。やはり、zippoの国だと思う。
(昔の幕僚日誌に、ネジ1本でアメリカと日本の製品文化の違いについてバイト先の思い出とともに書いたのあるけど、理由はそこに書いてある。読んでみて)
 
デ。
このKEY-BAKに、カギはもちろん色々付けている。
理由は簡単。
すぐ無くすから。
 
それだけの理由で使っている。
けっこうガチャガチャしてるので、なかなか忘れない(笑)
けっこう重いので、ポケットとかベルトに装着してないと、思い出す。
あ、ないやって。
 
KEY-BAKチェーンモデルのブラックを使っている。
これ、正面。
 
KEY-BAK前面

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こっちが裏面。
 
KEY-BAK裏面

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
裏面には、純正品の証であるロゴが刻印されている。
偽物は、これがない。
 
KEY-BAKロゴ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
つうか、純正品は高い!
偽物は100金に売ってあるから(笑)
でも、費用対効果考えると、安い買い物では、ある。
 
このKEY-BAKには、カギとヴィクトリノックスのクラシックマグライトのSOLITAIREを付けている。クラシックは前の日誌に書いたので、今日はマグライトの超小型モデルのSOLITAIREを。
 
港区司令部時代の上司(S課長)曰く、「人間にできないことが3つある。切ること、火を起こすこと、明るくすること。だから、この3つができる道具を常に持ち歩いている」
 
この人、救難ヘリのパイロットだった人です。
安全保障の専門家でもありました。
だから、説得力おおあり(笑)
 
師匠の保全の守も、マグライト社のミニマグライトを常に携帯していた。
サムライなのである。
 
だからと言うわけではないが、切ることが出来るヴィクトリノックスのクラシック、明るくすることが出来るマグライトSOLITAIREKEY-BAKに付けている。
火はね、火を起こすライターは複数持っている。
喫煙者だから。
ライターないないってよくなるんで、複数持ってる(笑)
チワワライターとか・・・
 
SOLITAIREの全身。リンク先の新品と違い、使い込んでいるので、グリーンの塗装が剥げてシルバーになってきちゃった。
 
マグライトSOLITAIRE全体

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
このマグライトシリーズの偉いところは、ライト下部に予備球が付いているところ。だから、球が切れても、すぐに交換できる。
 
SOLITAIREもキーリングが付いている下部をクルクルと回すと、このように分解できて、電池の当たるスプリングが見えるでしょ。
このスプリングの下に、予備球が格納してある。
 
マグライトSOLITAIRE予備球1

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わかるかなぁ。この画像で。
 
マグライトSOLITAIRE予備球2

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
使用する電池は単四乾電池1本。生活防水。
マ。
どこそこぶつけても大丈夫な作りにはなっている。
 
これより頑丈なやつもあれば、フラッシュライトのように明るいものもあるが、軍人でもなければSWATでもないので、シンプルでいて頑丈なSOLITAIREで十分である。
 
よく使っているので、電池が無くなってくると交換する。
こういうのは、マメなのである。
 
あと、パソコン机の上には、ダイバー用のペリカン社製ライトとか何故かあるが、これは、またいずれ・・・
 
 
明日が遠足な姪っ子小二のお話は以下に。

 

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愛の洋画劇場

 2005-03-07(月)
最近、姪っ子中二が洋画にはまっている、とは以前に書いた。
とはいっても、わかりやすい内容のハリウッド映画ばかり観ているのであるが。
もちろんDVDで、ある。
 
デ。
普通は日本語吹き替えにして観ている。
TVで放映される洋画と同じですな。深夜枠とかで放送されるのは字幕だったりするけど。
 
日本語吹き替え。便利ですね。便利って言い方おかしいけど。
洋画は、字幕版で観るのが一番いいんだけど。
吹き替え版は、英語が母国語でない日本人にとっては、とても有り難いものである。
 
まず、物語全体が頭の中に入る。シーンを見逃しても、日本語のセリフなので耳だけで展開がわかるのである。
字幕版では、こうはいかない。字幕を見逃したら、おわりである。
 
日本の声優さんは、とても優秀なので、つまんない洋画でもそこそこ面白くなる。俳優さんに直接聞いたことがあるが、言葉だけでの演技は声優さんが一番凄いとのこと。これに動きが入ると俳優さんに分があるそうだが。
 
字幕を追う必要がないので、画面の細かいところまで観ることが出来る。
字幕版だと、普通字幕が画面下の方にあるので、ついついそちらばかりに視線が行く。吹き替え版だと、耳がセリフの情報を処理してくれるので、目は画面の隅々を観ることが出来る。
けっこう、これ重要だったりする。
 
映画評論家の御大である故淀川長治氏が、以前こう言っていた。確か、氏が解説していた「日曜洋画劇場」の黎明期についてだったと思う。
 
洋画を日本語に吹き替えて放送することに抵抗があったそうだ。外国の役者さんの生の声を放送せずに、日本人が吹き替えて行うことに違和感があったそうだ。そんなの映画じゃないよって。
声に特徴のある役者さんもたくさんいたし、その声に愛着があるファンもいるだろうし、とかなんとか。
 
デ。
吹き替え版の試写を観た。そしたら、考えが百八十度変わったって。
全然違和感ない、と。これだと字幕を読むのが困難な子供やお年寄りにも洋画の素晴らしさを伝えることができる、と。
 
マ。リップサービスも入っているだろうから全て信じるわけにはいかないが、それでも氏は吹き替えによるTV放映に関しては、ある感触を持ったのではなかろうか。
 
そして、名セリフが生まれる。
サヨナラ サヨナラ サヨナラ である。
 
余談が長くなった。
姪っ子中二の洋画話である。
 
最近は、最初に吹き替え版を観て、次に字幕版を観ているとのこと。
これはいいことだ。
英語、それもネイティブが話す口語で耳(ヒアリング)が鍛えられる。
簡単な言葉は、すぐに覚えるし。
テストじゃ使えないかもしれないが、答え合わせの時に「先生、これ合ってるのに×ですよ。同じ意味じゃないですかぁ」って言える(笑)
 
でも、観ながらよく意味を聞く。
「これって何?」
「なんて言ってるの(発音してるの)?」
「ここで、どうしてこの言葉使うの?」
などなどなど・・・・
 
んで、困るのが、「ビッチ」とか「ファック」とかの俗語連発な時(笑)
Fuck You!! Kiss my ass!! Fuck off!! You bitch!!(綴りあってるかな?)
アクション映画とかだと、こういうの連発(笑)
 
もッと凄い隠語もある。
K.K.Kが出てきて黒人が話すセリフもK.K.K知らないと意味分からないし、黒人が「ニガー」と言われてブチ切れる意味も教えないといけないしで、けっこう重労働(笑)
 
でも、こう考えると英語というものでなく、白人社会とか文化とか知らなければならないので、いい勉強の教材ではある。
 
NHKの「英語でしゃべらナイト」も、最近は見ているみたい。
お!英語に興味が出てきたかと思ったら、よく洋画を題材にするかららしい。主役のインタビューとかもあるし。
 
でも、それでいいのである。
英語への入り口なんて、そんなもんである。
竹内まりやは、ビートルズの曲で英語を勉強したそうである。
水沢アキはFEN聴きながら勉強したそうだし。
 
きっかけは、何でもいいのである。
私の役目は、アメリカ社会と文化、ついでに白人社会と文化について、少しばかり補足することと、教科書では教えてくれない、そういう社会の表と裏を教えることである。
 
なぜ、ハリウッド映画には、必ず黒人が出演するのか?
なぜ、日本や日本人の表現はどれも同じなのか?
なぜ、こういうジョークなのか?(ユダヤ人とかのブラックジョーク)
なぜ、ハリウッド映画は、みんなこうなのか?
などなどなど。
 
「ハニー」と「ベイビー」の違いなんて聞くなよ(笑)
君が、やがて素敵な恋をすれば、おのずとわかる。
なぜ、あの場面で、ああいうセリフを言われて相手の女性が喜んだのか。
 
古今東西、そういうのは変わらない。
月日が経って、また観ると良い。色々なことがわかる。
 
映画は、おもしろい。

 

愛のねずみの死

 2005-03-06(日)
1月に「ねずみ大作戦」という記事を書いた。
都合4回の記事。連続した記事ではないが、4回目で大団円を迎えた。
 
今日、その1月の記事にコメントをいただいた。
リンクされたブログを見ると、そちらも「ねずみの死」のエントリーがあった。
 
お通夜やお葬式までされて、丁寧に弔ったことが書いてあった。
日本人の優しさが溢れていた。
人であれ、なんであれ、日本では死ねばホトケサマになるのである。
だから、警察の隠語で死体は「ホトケさん」なのである。
 
コメントを頂いた記事は、途中のやつだったので、そのエントリーだけ読むと、前後がわからないので、なんのことやらである。
まったく、仰るとおり、その通りである。なんのことか、わかんない(笑)
その旨がコメントにも書いてあった。
 
前後がわかる記事を教えて下さい、と。
 
困った。
これには、正直困った・・・
 
同じテーマである「ねずみの死」を扱った記事ではあるが、「ねずみの死」という1枚のコインの表と裏ほど違いがある。
 
もちろん、コメントを頂いたフランソワさんの方がオモテである。
私の記事がウラである。
 
コメントを頂いたので、RESするのがスジであるが、どう書いてよいやら、前後の記事を教えてよいやらで、困ったのである。
 
光と影、月とすっぽん、陰と陽、水と油、あれとこれ、くらい違うのである。
内容が。
 
結局、フランソワさんには、そういう内容であることをお知らせし、気分を害さない気があるのであれば、今日のブログにリンクしておきますと、こう書くことにした。
 
ねずみ大作戦 全4回のリンクは以下の記事である。
ついでに、後日談も。
マエストロ軍曹のグッジョブも、書く。
 
 
 一行、少し書いている(コメントは、この記事に頂きました)
 
 これも一番下に2行状況を書いているだけ・・・
 
 
 
■後日談■
 
ねずみ大作戦2では、兵糧攻めにあったねずみは結局死んでしまったというとこで終わっている。あとはゴキブリと同じ対応で処理と。
 
私本人も、その後を知らなかったので、オフクロに聞いてみた。
あのねずみはどうしたのか、と。
ゴミとして捨てたのか、と。
 
オフクロはこう言った。
 
「あれは、マエストロ軍曹が庭のみかんの樹の下に埋めたよ」
 
そうなのである。
甥っ子で6歳のマエストロ軍曹が、たった一人で、ねずみを埋葬したのである。
自分のおもちゃのスコップで穴を掘り、その中に埋めたのであった。
 
墓標もない墓ではるが、6歳の少年が、生まれて初めて自分の力で、愛と情を自覚しないまま作ったのである。
 
みかんの樹の下に。
 
そのみかんの樹から、さほど遠くない場所に、ブーとまるも眠っている。
あの記事へのコメントがなかったら、このマエストロ軍曹の行いも分からずじまいだった。
 
感謝である。
 
そういうマエストロ軍曹も来月から小学一年生である。
月日の経つのは、早いのである。
 
なお、私も墓を掘ったことがある。
犬の墓ではあるが。
ねずみの死では、どちらかというとウラ的な内容になったが、ちゃんとオモテもあるのである。
 
優しいってこと(笑)
 
別ページに書いたものであるが、一番愛した犬について書いている。
 
 

愛の幕末維新青春群像

 2005-03-05(土)
都心に配備されている精強部隊は第一師団。
隷下部隊には、屈強な習志野の第一空挺団や対戦車ヘリ部隊などがある。
 
第一師団_06


 
 
 
 
 
 
 
第一師団創立記念日での一こま。
 
海上自衛隊の編成は詳しいが、陸上自衛隊もそこそこ詳しい。
地元には西部方面総監部がある。
総監部の前の道路は、通称自衛隊通りと呼ばれていて、桜がズラリと植えてある。
花見の名所でもある。
 
そこは横広い道路である。
戦車が通れるようになっている。飛行機が着陸できるようになっている。
とまことしやかに子供の頃から聞かされていた。
 
戦中、陸軍航空隊用飛行場があった場所である。
おやじは子供の頃よく遊びにいっていたらしい。敗戦後も、しばらく、近所に戦闘機が隠してあったそうだ。
 
これとは別に配備されている師団もあり、地元には2つの部隊が存在している。
 
敗戦するまでは、最強と謳われた帝国陸軍第八師団があった。
もっと時代を遡れば、名城銀杏城を司令部とする鎮台があり、西南戦争時の司令長官は、土佐の谷干城である。
 
坂本竜馬が暗殺されたとき、数日生きながらえた中岡慎太郎の「新選組かもしれん」という説に激昂して新選組にかちこみをかけた猛者である。
若い頃の写真が残っているが、そりゃ、もう気合い入りまくりの面構えである。
 
谷干城の青春時代




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この写真を初めて見たのは15歳の時だったが、えらく気合いの入った顔しとるなぁと思った。
 
西南戦争時、鎮台には、参謀副長として児玉源太郎がいた。
あの、児玉源太郎である。
 
軍中枢は、児玉がいるなら、あの城が落ちることはない。と言ってたそうだが、事実そうなった。児玉は籠城して司令長官の谷を補佐し、西郷軍の猛攻を防いだ。
 
結局、城は焼失してしまうのだが、これは作戦という話だ。谷干城が命令したということだが、児玉が絵を描いたのではなかろうか。
 
後日、児玉源太郎は、この経験を生かす。
日露戦争においてである。
児玉は第三軍司令長官の乃木希典と同じ長州人である。
 
あ、昨日めちゃイケに長州小力出ていたなぁ。
 
児玉源太郎のイメージは丹波哲郎である。
映画『二百三高地』での児玉源太郎役は、もう完璧である。
実際は小さい人だったらしいが、大霊界の宣伝マン丹波哲郎御大が演じると、もう迫力満点!
 
「キサマぁぁ、ワシに喧嘩うっちょるかぁ」の名セリフは今でも鮮烈に残っている。
映画館で観たが、隣で観ていた年配のご夫婦が忘れられない。
今はもう亡くなられているだろうが、姿勢を正し、スクリーンを真っ直ぐに見つめる、あの視線は忘れられない。
 
高校生の時に全国植樹祭で地元を訪問された昭和天皇の見学に来ていた、正装した年配夫婦と同じくらい忘れられない。
たしか、男性の方は胸に勲章を付けていたように思う。手には、配布されたと思われる小さな日の丸を持っていた。
 
見ず知らずの方だったが、ある時期の青春の思い出を垣間見たようで、当時青春まっただ中であった自分とシンクロさせたような気がする。
図書館にチャリンコで行く途中だったということまで覚えている。
そして、昭和天皇を見ることはできなかったのも覚えている。
 
ちなみに、祖母は戦前に見ている。
が、当時のこと、馬車が近づくと「最敬礼~」の号令で一斉に平伏(腰を屈めて視線を下にしただけだそうだけど)。
「馬車の車輪しかみえんかった」と言っていた。
 
この時お通りになった路は「御幸坂」という名前で現存している。
でも、わざわざ作ったらしく、昭和天皇は激怒したらしい。
無駄なことするなって。
 
この御幸の本が、のちに配られて我が家にあるのだが、ちゃんと昭和天皇が正装した写真が載っている。
祖母は、この本でやっと確認できたらしい。
 
専売公社に勤めていた、60年以上前の話である。
 
 
銀杏城、すなわち加藤清正が構築した熊本城の近くには、谷干城の他に、坂本竜馬の銅像もある。横井小楠、勝海舟、松平春嶽、細川護久の銅像とともに。
 
うちの曾祖父かその上の曾祖父かと坂本竜馬会ってないかなぁ。
貧乏士族だったから。
 
いつの時代にも青春群像はある。
平時でも戦時でも太平でも動乱でも。
 
そして、これは尽きることがない。 

愛のウェンガーナイフ

 2005-03-04(金)
さっきブラウザが落ちて、もう少しで書き終わるとこだったのが、パーになった。
 
やる気ないので、簡単に書く。
 
スイス・アーミー・ナイフメーカーであるウェンガー(WENGER)がスキである。
時計もウェンガー。
ウェンガーの時計は『踊る大捜査線』で一躍有名になったが、随分前から、おれはウェンガー。
 
 ウェンガー時計

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
G-SHOCKのフィッシャーマンか、このウェンガーが右手にあった。
フィッシャーマンはご臨終・・・
ウェンガーもバンドは二代目。電池は3回交換したかな。
 
こいつは横須賀のPXで展示販売やってる業者から買ったやつ。
本当は欲しいデザインのやつが女性用しかなかったから、男性用で唯一販売してあったこれを買った。
欲しいデザインの女性用も買ったんだけど。
んで、それはあげた。
ほしがっている人がいたんで。
 
お気に入りのアーミー・ナイフはウェンガーのロック・シリーズ。
スーパー・タレント・ロック(型番15253)
 
 スーパータレントロック閉じスーパータレントロックの開き

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こいつも二代目。
初代は、なみの介にあげた。
 
キーホルダーにつけているのは、もうひとつのメーカーであるヴィクトリノックス社製のクラシック。
 
 ビクトリノックスのクラシック

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これは小さいしので役に立つ。ハサミばかり使う。
十字マークに注目。枠がゴニョゴニョしてるでしょ。
ウェンガーと比べてみて。
そこで違いを見分ける。
あとは、ピンセットや楊子を差し込む向きとか、ハサミの刃で見分ける。
 
これも買ってあげた人がいる。
あとヴィクトリノックスには釣り用のフィッシャーマンってタイプもあって、お気に入りだったけど、これは富士総合火力演習見学時の帰りのバスを待つ間に衛生兵0号にあげた。
 
基本的に、おれがナイフを上げるのは、よほど見込んだ奴。
そうでないと、ナイフ大好きな俺が、実際使っているナイフを上げるわけがない。
0号には、これからの期待を込めてあげたんだけど、ね。
まだ持っているのかなぁ・・・
 
クラシックは、ピンクとブルーを上げたかな。
違う人に。
 
ナイフに関しては、ホームページの方で詳しく書くわ。
もう、ブラウザ落ちたので頭きた。
 
愛をたくさん書いたのに・・・ 

愛の平家物語

 2005-03-03(木)
父親は元衆議院議長の堤康次郎。
あだ名は「ピストル堤」。
 
豪傑な人だったらしい。
英雄色を好む、の例え通り、この人も色を好んだ。
だから、逮捕されたドンは異母兄弟が多い。
 
ドンは妾腹なのである。
 
ドンの名は、堤義明。
もう70歳だったんだ。
 
平家物語を思い出した。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・盛者必衰の理をあらわす。

 

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愛のチワワライター

 2005-03-02(水)
昨日、愛用のチワワライターを紹介したわけだが、最初に使っていた初代チワワライターを捨てずに持っていたのを思い出した。
 
これである。
 初代チワワライター

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もうガスもなく、ライターとしての機能は失っているが、なんか捨てるに捨てられなくて、まだあるわけである。
 
うちのまるとはチト違うが、これが正真正銘まるを偲んで買ったライターである。
幕僚日誌しか読まない人には、まるがなんかわからない人がいると思うが、まるとは、実家で飼った最後の犬の名前である。
チワワなど見たこともない家人が、この犬はマルチーズだ!と言って付けた名前である。
 
マルチーズのまる
 
チワワだったんだけど・・・ 
 
ついでにコンビニで売ってる携帯灰皿で、なぜかお気に入りのやつがある。zippoのやつ。
でも、使っているやつがどっかにいっちゃった。
たぶん、探せばあるはずなんだが・・・
 
コンビニに行ったら、モデルチェンジしていた!
 二代目ジッポ携帯灰皿

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
違う。この形じゃないんだよ。画像は二代目だけど、初代の筒状でzippoの形状を模倣した、あの形のやつがいいんだよ。
画像の二代目は、黒いフタの部分をスライドしてあけるんだが、初代のやつはzippo同様に親指でフタをパカっと開けるタイプ。
 
まじめに探さなくてはいけない。
 

 
しつこく、あびる優。

は続きで・・・

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愛の焼き犬

 2005-03-01(火)
養豚場やブロイラー農場が火事になったニュースを見たり聞いたりすると、必ず「焼き豚かぁ。焼き鳥かぁ。香ばしい、火災現場に似つかわしくない香りが漂っているんだろうなぁ」とか考えてしまう。
 
不謹慎ということは重々承知の上で。
 
 
チワワやダックスフンドなど150匹!が焼死したそうだ。
焼き犬だ。
 
敗戦直後の日本全国が飢えていた時代、犬も食料になっていた。ものの本によると、赤犬が旨いらしい。
赤犬って何だ?
人間にとって、一番現実的な恐怖が「飢え」らしいので、これはこれでよい。
時代背景等考えると、悪いことではない。
 
人は、飢えれば、人すら食らうのである。
 
かの国では、料理のカテゴリーとして、犬料理がある。
犬鍋である。
滋養強壮食で、日本で言うなら「精を付けにウナギでも食べるか」のウナギと同じポジションとのこと。
 
元気付けるために、でも食うか!
 
これもこれで悪いことではない。
食は文化なのである。
けど、犬鍋は、オリンピックやW杯サッカー開催時に、白人国からの誤解をまねくという理由で、路地裏営業に追い込まれた。
 
これは、白人国家に媚びを売る、自文化の否定ではないのかい?
マ。かの国のことなので、知ったことではないけれど。
犬を食する文化は否定しない。
中国なんて、もうなんでも食べる。
恐らく、唯一儀式以外で人を食べる文化を持っていた国である。
 
儀式とは、アマゾンの原住民等が戦った敵部族の遺体を食べるとかである。それは多分に、相手の強さを自分に取り入れるといった儀式的要素が強い。と、ものの本に書かれていた。
 
中国の場合は違うらしい。
食の嗜好として、人を食べていたらしい。分娩間近の胎児の肉が一番おいしかったとか。
たしか、開高健の『最後の晩餐』に書かれてあったような気がする。
 
犬鍋で、ちょっとweb検索してみたが、中国にもあった。
やはり、食は中国である。
なんでも食べている。
 
と、余談が過ぎたが、焼き犬の話である。
 
リンク先のニュースを読むと、けっこう大きいペットショップらしい。
従業員は避難や救助されて助かったみたい。いちお、近所の人達が、犬を助けようとして頑張ったみたいだが、大半はダメだったみたいだね。
 
やはり、犬は犬である。
人間様が一番偉いのである。
人間様が逃げて、余力があれば、犬を助ける。
 
これが全てである。
哀しいけどね。
 
焼け死んだ犬たちは、一酸化炭素中毒で死んだと思いたい。
これなら、一瞬で死んだことになる。
檻の中で、迫り来る炎と煙にまかれ、逃げることも出来ず、じわじわと身を焼かれ死んでいったと考えると、あまりに悲惨である。
 
なんやかんや書いているが、犬は好きなのである。
今使っているライターもコンビニで買った犬シリーズだし。
まるを偲び、チワワライターを使っている。
 
 チワワライター
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

黒毛でロングなんで、まるとは違うけど。
あ、もう一匹のまると同じか。
 
黒毛で思い出したが、黒毛和牛を食べたくなった。

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